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「……はい、はい、ほんとうにすみません。明日には出勤できるようにいたします。申し訳ございません」
電話越しの部長に見えるわけでもないのに何度も頭を下げてから、スマホをベッドに投げ捨てた。
そのままうつ伏せになり、枕にぎゅっと顔を押し付ける。
——とうとうやってしまった。
大学を卒業した二年前、第一志望の食品メーカーに就職できて浮かれていたのもつかの間。研修が終わって本配属されてからずっと、自分のぽんこつさに絶望する毎日だった。
上から次々と振ってくるタスクがなかなか終わらず、残業で気力を使い果たす日々。次第に生活がおろそかになり、金曜の夜にはメイクも落とさずばたりとベッドに倒れることが増えた。
土日は常に頭痛でろくに食事も取れないことが続いたけれど、平日はどんなに体調が悪くても出社さえしてしまえば体は動いたので、騙し騙しやってきて丸二年。
三年目に入って初日の今日、どうやら限界が来てしまったらしい。
目が覚めたのは、普段より一時間遅い七時半。時計を見て気持ちは焦ったのに、どうしても体が動かなかった。あと十分で家を出なければ遅刻するという時間になって、どうにかスマホを手繰り寄せ、欠勤の連絡を入れた。「お大事にしてください」という部長のやさしい声をありがたく受け止めつつも、バタバタしている時期に休んでしまったことへの罪悪感は拭えない。
休みの連絡を入れるという、ある意味普段の仕事より何倍ものプレッシャーのかかるミッションを終えて数分。
不思議なことに、体が少し軽くなってきた。
目覚めてからずっと肺のあたりにつっかえていた硬い感触がすーっと溶けていき、石のように重たかった手足が徐々に言うことを聞き始める。
電話を切って十五分経った頃には、仕事に行けそうなくらい体調が回復してしまっていた。
今からでも行こうかな。遅刻しても、休むよりはマシだろう。
そう考えてもう一度スマホに手を伸ばした途端。
「うう……」
急激にこみ上げてきた胸の痛みに呻き声を漏らす。仕事に行こうと動いた瞬間、オフィスで鳴る電話の音やいつまでも仕上がりそうにないパワポ資料が思い出され、肺がきゅーっと締め付けられた。
——なんて卑怯な体をしているんだろう、わたし。
「仕事に行かなきゃ」と考えれば息が苦しくなり、「今日は休もう」と思えば途端に体が軽くなる。
もう、今日は割り切って休むしかないかな。
これはズル休みなのかズルくない休みなのか、答えのない問いを頭の中でこね回す。
うつ伏せになって自分の不甲斐なさに唇を噛み締めていると、首筋に暖かいものを感じた。顔を上げると、窓の外から陽の光。
春だなあ。
青空と眩い日差しに、漠然と思った。
晴れた空を見れば見るほど、さっきまでの調子の悪さが嘘のように思えてくる。
ちょっとだけ、散歩でもしてみようかな。
月曜にあるまじきのろのろとした動作で起き上がり、ベッドを降りて支度を進めた。メイクはせず、適当な服に着替え、一応スマホや財布は持って玄関へと向かった。
——まさか会社の先輩にばったり会うなんて、この時は思いもしなかった。
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