権爺

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   権爺

権爺はうちの家人で、まあ家人といっても雑用とか下働きをしている薄汚れた老人なのだがな。前に都の端で乞食同然の――いや乞食はまだましな人種でそれ以下の、もはや屍人に近い有様なのを親父が見つけて、なんの因果か下働きとして使っている。その権爺があわてて庭に飛び込んできた。 「たいたいたいたいへんですぞ、ぼ、坊ちゃん!」 「うわっ、めんどくさ」 こういう権爺の状態の場合はどんな声をかけても無駄だ。混乱しているから支離滅裂だ。だから慌てふためく権爺が落ち着くまで、俺が庭の縁台で汗を拭きながら待っていることにする。しばらくすると権爺はようやくちゃんとしゃべれるようになったようで、そして震えながらも俺にちゃんとことのいきさつを話せるようになっていた。 「お、鬼が出たのです。それも都の、五条七坊の荒れ寺に住みついていると」 「鬼?へえぇぇぇ」 いまどき鬼などめずらしくない。まあ鬼といってもそれは人間だ。人間がひとを襲って喰う。そんな頭のおかしくなったやつのことをひとは鬼と呼ぶのだ。 「へえ、って坊ちゃん、なに落ち着いてんですか。鬼が出たんですよ?そりゃもうものすごく強いやつなんですから」 「ものすごく強いって、おまえ見たのか?」 「いいえ、そう話しているのを聞きました」 「馬鹿らしい」 なんだ噂かよ。そんなのあてにならないじゃん。昔からうわさとご神託はホントだったためしがないって親父が言ってたぞ。 「それが今度はほんとうで。なんでも都のはずれの『満常寺』に、二匹の鬼が棲みついたと。そいつらが襲って食いちらかした亡骸が、山門に続く石段のわきに積み重なってるってことでございます!ああなんとおそろしい」 なにがほんとうなものか。それも伝聞じゃねえか。まったくいいかげんなじじいだな。 「そいつはたいへんだ。たいへんついでに言うけど、親父が今朝方怒ってたぞ。柴や薪がないって。源爺に言いつけたのにあいつめ、って」 「そ、そんなことより鬼の方が…」 「鬼より薪がないと飯が作れん。さっさと集めて来いよ」 「ひえええ」 まったく呑気な爺さんだ。このご時世、ひとはいくらでも鬼になる。そんなのは都や帝を守る右京職の仕事だ。十歳のガキには関係ないんだからな。
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