テンコ

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   テンコ

テンコは九尾のキツネだ。妖狐だ。妖怪だ。それがなんで俺をだんなさまと呼ぶ?それにはわけがある。 去年、洛中の高僧に化けて都を大いに騒がせた迷惑化け狐が出没した。僧侶のふりをし都中の家々を訪れてはひとをだまし、金品や食い物をせしめる悪いやつだ。そいつがたまたま俺んちに来たとき捕まえたんだが、どうか命ばかりはと泣いてプルプル震えながら懇願するんで、まあいつでも殺せるからと許してやったら途端になつきやがった。まあそれ以来悪さはしないし、けっこう役に立つのでそのままにしていたのだ。 「五条七坊といえば都の左京、東のはずれ。おととしからひと気もないのに三度も火事があったところで、いまやすっかり荒れたところですよね。ですから格好の盗賊の棲家になってます」 テンコはキツネだけあってすごく警戒心が強い。だからそういう情報もいち早いし、権爺なんかより正確でよっぽど頼りになる。 「じゃあ鬼っていうのはそいつらのことか?」 「そうも言いきれません」 「どゆこと?」 「どうも、盗賊が鬼に襲われているようなのです」 まあ鬼だからね。ひとを襲うのがお仕事なんだから、盗賊だろうが関係ないよね。 「ならいいじゃないか。盗賊が減れば治安もよくなる。飯もうまくなる」 「盗賊の減少と飯の味の因果関係はわかりませんが、いずれひとを襲いに寺から出てくるかもしれませんよ?」 いや別にそれ俺がやらなくていいんじゃね?そういうのは右京職や右衛士府(どちらもみやこの治安を維持する役所)がやればいいんじゃね? 「とにかくよけいなことに首を突っ込むのはやめよう。それに俺まだ十歳だし」 「十歳のお子さまが大妖怪のわっちを子分にしたり、盗賊を捕まえて右衛士府につきだしたりしてますが?」 「だれが大妖怪だよ。となりの家の雑種のワンちゃんより弱そうだぞおまえ」 「ひどい」 しくしくと泣きだしたテンコだが、もちろん嘘泣きだとわかってる。まあこいつや権爺が何を言おうと、とにかく面倒ごとは嫌なのだ。
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