両手いっぱいにありがとうの花束を

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 そして、五年。  自宅の部屋で、リリースされた晶貴の新曲に耳を預けながら、明は電話を待っている。時間になって机の上の写真に目をやると、着信音が鳴った。 「予定どおりね、ホームページと公式SNSで発表する。当たり前だけど、明の名前とかは一切出さないから」  自分が何をするわけでもないが、明もドキドキする。 「ずっと秘密でもいいですけど。私は一生守りますよ」 「ヤダよ。オレはもっと早くばらしたかったんだから。会いたいときに会えなくて寂しいんだけど。自由に会いたいのはオレだけなの?」 「私の心臓には電話がちょうどいいんです」  人間の最高位にしたって晶貴は眩しすぎるのだ。近づくと、明が溶ける、溶けると嘆くのをなんだか不満そうにしていた晶貴も、今ではその状況を逆手にとるようになってきた。 「ねえ明。新婚旅行どこ行く?」   不意に増した声の甘さに頬が赤らむ。直撃された耳は湯せんにかけたチョコレートのように溶けて、ピンクのハート型に生まれ変わりそうだ。もう。ズルい。これを狙ってやれる、ただでさえ声が職業の相手なのだから、どうにもときめきが止められない。 「世界一周」  ほんの少しでも困らせようと口にすると、 「いいね。一生あれば回れるんじゃない」  一生ずっと新婚だね、となんでも甘くしてしまう。  一生、かなわないな。桜色に染まった頬を、ふつふつと湧き上がる喜びに緩め、明は机の上の写真を見つめた。  明日。守り続けた秘密が、秘密じゃなくなる。 終
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