両手いっぱいにありがとうの花束を

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 神様は、ズルい。 「絶対に、秘密だよ」  人さし指を唇に当てて、晶貴(あきたか)にこんな風に微笑まれたら逆らえるはずがない。  神様は、スゴい。  このポーズはこの人のためにあるんじゃないかってくらい、自然にでも完璧にキメてみせる。サラサラの金色がかった茶髪の下にのぞく切れ長の瞳がやさしくて。すっと伸びた鼻筋の下で笑う口元は少しいたずらっぽくて。なんて、キレイでカッコよくてカワイさすらあって、眩しいばかりの男の人をこの世に存在させるんだろう。  (めい)は、鼓動が打つたび体中にこみ上げるときめきに天にも昇る心地で、ただ見惚れた。    きっと、夢だと思ったのに。昨日から、ずっと見ている夢。  待ち合わせ場所は、繁華街から三駅離れたオフィス街に流れる大きな川のほとり。川沿いに遊歩道が整備され、ベンチやレンガで囲われた花壇が点在する。広く舗装されたスペースには白いテーブルと椅子が並んで、何台かキッチンカーも営業していた。そんな街の景色に彼の姿を見つけて、呆気にとられた。  ほんとに、いる。晶貴は、デビュー三年目のシンガーソングライター。こげ茶色のシャツを羽織って、同色の帽子をかぶって、黒のデニムを履いて川べりに佇んでいる。すっと明の血の気が引いた。  夢じゃ、ない? 〝明日、一時ね〟  昨日、別れ際にそっと囁かれたあの声も、笑顔も。絶対、夢だと思ったのに。あまりに非現実的だったから、とても現実だと信じられなくて、ずっと夢だと思いこもうとしたのに。  夢見心地に帰宅して、夢現に眠りについて、朝目を覚ましても、今でもまだ夢の中の気分で。夢だと確かめるために、高校にはこっそり欠席の連絡を入れて家を出た。制服は途中で着替えた。夢、夢と自分に言い聞かせながら、失礼のないよう正装するためいとこの成人式の振袖を借りたいなどと考えた。が、人目を引くのはよろしくない。思い直して、おろしたての白いブラウスに、しっかりアイロンをかけた深い緑色のプリーツスカートを合わせた。硬い直毛の黒髪を上手にセットできるほどおしゃれは得意ではないが、せめて丁寧にブラシで梳かした。  今自分が夢を見ているのではないとして。平日なので人影はまばらだが、本来テレビやスマホの画面の向こうに眺めるべき人が、こんなところに一般人みたいに立っていて、いいのだろうか。  今更悔やんでも、原因を作ってしまったのは、昨日の自分だ。やらかした! 思いつめたとはいえ、ネットで偶然見かけた目撃情報をもとに、晶貴の所属事務所を直撃する暴挙に出てしまうとは。取返しのつかなさに頭を抱える。しかし、思えば昨日出会えたことこそ、奇跡の瞬間だった。あたりをつけた建物の前に停止した車の後部座席から、目当ての晶貴その人が降りてきたのだから。
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