両手いっぱいにありがとうの花束を

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「明は、十六歳だっけ。高校一年生?」  呼ばれて驚いたが、履歴書で見た名前と年齢を覚えていてくれたらしい。 「はい」  ベンチの前で紙コップを受け取り直角にお辞儀した。 「なんで履歴書? の前に、たのもー! って、芸能事務所訪ねた女子高生がする挨拶じゃなくない?」  昨日を思い出すとまだ可笑しくて仕方ないようだ。 「すみません。道場破りじゃないんです。あの、なんでもする覚悟で門を叩こうって、それだけで」  固めに固めた明の決意がその一言に変換されてしまった。 「なんでも?」  晶貴が飲みかけた紙コップを止める。 「下働きでいいんです。飯炊き水汲み雑用なんでもします。下足番でいいから一から修行させてください。成長したいんです。人間として」 「いやそれいつの時代の修行」  ようやく、一日遅れで言いたかった言葉を並べたが、笑いとともに突っ込まれてしまった。 「時代劇好きなの?」 「はい、父が。履歴書は、身元証明のつもりで持参しました」 「なんでまた、そんな必死で修行しようと思ったの」  相手がこちらを向いて話してくれているのだから、自分もそうするべきだと思うのだが、明の視線は膝の上に握りしめた拳に落ちる。 「私。人としゃべるのが苦手なんです」  苦手というかほぼ不可能に近い。せっかく話しかけてくれる人がいても、数分硬直して返事ができずにいるから、小学校からずっと友達ができなかった。中学時代はクラスの空気と化していた。 「三年生になって、小田くんという同級生が。緊張して教室の戸口の前で中に入れずにいた私に、おはようって声をかけてくれたんです。おかげで、体動いて、中に入れたんですけど。お礼も言えなくて、何より、おはようって挨拶を返すこともできなかったのが悔やまれて。いい人なのに、ずっと、申し訳なくて」  明日こそはと思ったが、自分から声をかけるとなるとさらにハードルがあがってしまって、叶わぬまま一日、一週間、一か月と月日が過ぎた。小田くんにとってはささいなことで、日が経つほど記憶も薄れ、もう忘れられたに違いない。と悟った明は、一大決心をした。小田くんと同じ高校を目指そう。そして、高校生になったら今度こそ、生まれ変わって笑顔で挨拶を返してみせる。 「でも。同じ高校には入れたんですけど」  と、萎れる。小田くんとはクラスが別になり、相変わらず、教室に友達も作れない。しゃべろうと口を開いても、うまく話そうとする思考とカンジよく話したい願望が競って喉に押しよせ絡まり、肝心の言葉はまったく出てこなかった。入学式から一か月このかたを自己嫌悪にどっぷり浸って過ごすうち、いっそ神にあやかろうと無謀なことを考えたのだった。 「こんな私が生まれ変わるには、神の元で修行を積むしかないと、思い詰めたんです」 「フツーに人間だけどね、オレ」  自分の手の甲を眺めたまま、明はふるふると首を振った。視線を上げなかったから、 「声も歌も好きすぎてフツーじゃないです」  瞬きして口元を緩めた晶貴を目にすることはなかった。
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