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「そっか。オレ昨日、明は芸能界志願なのかなって」
「それこそ、滅相もない」
真剣に首と両腕を百八十度回転させて否定する明に笑みを漏らす。
「成功すれば華やかだけど。いいことばかりじゃないから。真っ直ぐ前を見つめるその眼差しが曇ることのないように、とちょっと思った。余計なお世話だけど。人のこと気にしてる場合でもないし」
ふと陰のさした声音に、明は晶貴の横顔をそっと見つめる。視線は川。しかし眺めているのは水面か、対岸のビル群か、はたまた空か。ぼやけて遠い。想いを馳せているようだが――こんなにいい天気で。頬を撫でる風もやわらかなのに。光り輝く彼の、瞳はどうして曇るのか。
「完全に煮詰まってるもんな。昨日大笑いして、久しぶりにこんな笑った、って気が付いて、自分で衝撃だったし。今月あと三曲作らないといけないのに、全然書けてないし、フレーズ浮かんでも前のと変わんなく思えてくるし、後からデビューしたヤツの新曲聞いちゃってこれがまた新鮮で自分のセンスのなさに打ちのめされたりさ。オワコンの文字が頭よぎるし、もうダメじゃんオレ、まだたった三年しか生き残れてないのに、こんなんじゃてっぺんとるなんて、って超負のループにハマってて――ってゴメン愚痴った。うわ」
隣で明が滂沱の涙を流している。
「ゴメンゴメン、泣かないで」
「すみません。私は。何も知らずに、作る側の苦労を想像することすらなく、ただあなたの歌声を毎日毎日再生して自分だけが満足して――いえ、それでも飽き足らず、毎日新曲出たらいいのにな、なんて図々しいこと考えてました」
「いやいや、ファンにしたら当然だし、期待してくれるのはこっちも嬉しいし」
「自分がこんなに欲張りだったなんて・・・身勝手すぎて恐ろしい・・・」
さめざめと生真面目に涙する明に、晶貴の方は吹き出しそうになるが、思い直す。
背中と両肩に、そっと晶貴の腕の重みがかかった。瞬きした明の耳元がもう片方の手のひらで囲われ、ウィスパーボイスがメロディーを吹き込んでくる。
―赤い夕陽が 浮かぶ雲を橙に染めたら
―夜に溶かして紫に 一面藍の夜空に きらめく星も全部全部
―そして明けた日の青空 緑を抜ける風を捕まえて
―世界が贈る七色の花束
―君を叶えに 今すぐ届けにいくから 泣かないで
明が落ち込んだ時に一番の威力を発揮する、お気に入りの曲。
湧き上がる感激で今にも胸が張り裂けそうだ。見開いた瞳からは、やはり涙が溢れた。
「結局泣くんだ。全力で慰めたのに」
「今、私の目の前に、天国が見えます」
「幻だよ。落ち着いて、地上に戻ってきて」
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