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ようやく明の涙もひっこんだ頃、空の頂上近くにいた太陽は、対岸のビルにかかり始めていた。
「明みたいに思い切り泣けたら楽かも」
帰ろっか、と微笑んで晶貴が立ち上がる。
「あの」
追いかけて、明がシャツの裾をつかんだ。
「聞きます。それならできます。どうぞ、全部、愚痴ってください」
私じゃアドバイスなんかできないけど。ただ、瞳の雲が少しでも晴らせるなら。
「えー。やだ。愚痴れって言われて愚痴るの、なんかオレかっこ悪いじゃん」
「でも、私ばっかりしてもらって、ズルいじゃないですか。私、申し訳なくて、今日も明日も明後日もその先も眠れないじゃないですか」
ぐっすり寝て構わないのに、クソ真面目な明のことだから、今日くらいは本当に眠れない夜を過ごすかもしれない。晶貴は息をついた。
「じゃ、少し歩いてから帰ろっか。オレがなんか呟いても、独り言だから」
「はい」
歩き出した背中を、明が一歩遅れて追った。神の呟きは、緩い風に乗って流れてくる。
「オレも考えすぎてるんだよね、たぶん」
じっと明は耳を澄ませた。
「てっぺんとるって約束したから。スカウトしてくれた人と。元アイドルで、てっぺんとろうね!って掛け声がアイドル時代のキメ台詞で。デビューしたばっかりの頃に、オレとのツーショットがネットで出回って。美人すぎるマネージャーって評判になって。最初はなんてことなかったんだけど」
いつの間にか、始まりもわからないまま評価は悪意に満ちみちた。
「オレとどうこう、ってあることないこと噂されて。引退して五年以上経ってんのに、アイドル時代のことまでネットで取りざたされて、リアルでも現場でコソコソ誹謗中傷向けられてさ。どこの誰だか知らないヤツからDM送りつけられるし、イタズラ電話かかってくるしでスマホ触れなくなって、いつ隠し撮りされるかもわかんないって家から出られなくなって、追い詰められて、辞めちゃって」
明の丸い瞳が大きく見開かれる。晶貴は、三曲目のシングルがドラマの主題歌になったのをきっかけにブレイクした。明が惚れこんだのもその頃だから、デビュー当時のその噂は知らなかった。
「そこまで噂になるならいっそ何かあるならよかったのに、って思うくらい。そもそも香奈ちゃん、彼氏いたし、噂は全部噂なだけでオレとはなんにもなかったんだよ。なかったのに。なんにもできなかった。ネットで反応したら火に油注ぐだけだし。香奈ちゃん励ますにも言葉なんか届かなかったし。ものすごく世話になったのに。恩返しもできないままで。約束くらい、守りたいんだけど」
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