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てっぺん、とろうね。
「あることないこと噂したヤツら全部見返してやりたいし、絶対すごいの作るって、気合はあるのに曲も詞も出てこなくて空回りしてるっていうか。いい曲って、売れる曲って、泣ける曲って、どれがどんなって、ずっと考えてて、何も出てこないと、自分が空っぽな気分になって。だからか、もう絞っても水も出ない雑巾なのか、みたいな」
「空っぽなはずない」
明の口をついた。気持ちが溢れて独り言だと言われたことも吹っ飛んだ。
「そんなわけない。だって私はいつも。あなたに。あなたの歌に」
足を止めて、晶貴が振り返る。伝えたい想いが一斉に押しよせて喉に詰まった明は途方に暮れた。伝えたいことはこんなに。山のようにあるのに。どこから伝えたらいい?どうやったら全部伝えられる?
「地球は回るし、人は出会うし、好きは巡るの」
今、風は明から晶貴に流れていた。はまり込んでいだ負のループを、突進してきたダンプに遮られたようなその勢いに、ただ彼は驚いている。
あれだ。明の大きな瞳は、視界の右側の緑の斜面の上、通りを挟んだ店舗を捉えていた。
「待ってて。絶対そこにいてください。一ミリも動かないで」
返事も待たずに駆け出す。
「一ミリくらい、動かせて」
呆気にとられた後には、やっぱり笑ってしまった。
体育は得意ではないが、どこからか体中にエネルギーが湧いて、明は三百メートルほどの距離を一気に走り店に飛びこむ。息も切れ切れに店員に注文して、七つ集めてもらった。受け取りももどかしく、ラッピングを大事に抱えて駆け戻る。同じ場所で待っていてくれる姿に、さらに足の回転を上げた。心臓が爆発しそうだ。
「私には。友達がいなくても。あなたの歌がありました。あなたがいつも、私のおしゃべりを聞いてくれて。受験勉強を励ましてくれたのも、テストの点が悪いとき慰めてくれたのも、いつもいつも、あなたの歌です。私が。変わりたいのに変われない自分を、諦めないで生きてこられたのは。今こうして生きていられるのは。間違いなく、あなたのおかげなんです。だから」
彼に向け、腕を伸ばして差し出す。赤と橙と黄色のバラ。紫色は小さなフリルのようなスターチス。青く広がるデルフィニウム、藍色はトルコ桔梗の花びらを染め、マムが丸く緑を添える。ラッピングとリボンに包まれた、虹色を集めた花束。明のお小遣いでは一本ずつ集めるのが精一杯だったけれど。
「ほんとは、もっと。両手いっぱいのありがとうの花束を」
ううん、それでも足りない。もっともっと、大きく、溢れてるから。
「お店のお花、全部束ねたいくらい。あのビルよりもっと、大きい花束作りたいくらい。もっと、全宇宙を埋め尽くすほどの、花束で」
それでも表しきれない感謝をあなたに伝えたい。
「空っぽになるわけない。あなたの歌で、私にいろんな想いが生まれて。あなたを聴いた感動が、あなたへの応援になって。心の虹は消えずに、行き交う想いは巡るから。ずっとずっと枯れないから。だから空っぽなわけない」
ようやく落ち着いてきた呼吸で、明は言葉を結んだ。
「あなたが歌えばなんでも特別。あなたが歌うから全部、最高」
だから神。
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