06.感傷に流されても

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06.感傷に流されても

 花見をやってるエリアは、あそこだな。  第36区公園の外から有料のお花見エリアを眺めるのは翔太の祖父。満開の桜それ自体は公園の外からでも眺めることができる。祖父以外にも街の人々は何人も公園の周囲から桜を眺めている。  けど、今の時期はお花見客で混雑しすぎないように、公園の桜を映し出すエリアは有料エリアで区切られる。それもしかたない話だ。この世界の人々は花が咲くのを心から望んでいる。心の底から、春の太陽の光をさんさんと浴びて大きく開く色とりどりの花を。たとえそれが立体ホログラムで生み出した花だとしても。  花は自分の代わりに太陽の日差しをめいっぱいに浴びて、その身を伸ばしてほしい。地下で暮らす人々はみんな、心の奥底でそう望んでいる。空の高いところで輝く太陽を知らないから。  公園の外側から桜を眺める翔太の祖父はしみじみ感じる。  それにしても、今の立体ホログラムは本当にリアルに桜を映し出している、と。  こうして少し離れたところからでも、本当にそこで満開の桜がいくつも咲いているように見える光景を、祖父は驚きの目で眺める。風が吹いて桜吹雪ができる光景も、まるで本物の桜吹雪のように錯覚してしまいそうだ。  自分がここに来たばかりの頃、ホログラムシステムは本当に貧弱で、桜の向こう側の家や建物がぼんやりと透けていたし、解像度が低くてとても見れた代物じゃなかった。それは桜というよりも、ピンク色をした塊の映像でしかなかった。  技術の進歩は本当にすごい。ならば、なぜ人類はあんな……。  そこまで考えたところで、リアルな満開の桜を眺めて少し感慨深くなった自分に気づき、祖父は軽く頭を振る。いやいや、感傷に流されても良くない、と。
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