07.生きるために

1/1
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

07.生きるために

 満開の桜と言っても、しょせんは立体映像に過ぎない。あんなものは本物の桜とはまったく違う代物で、精巧な偽物にすぎないじゃないか。祖父は自分にそう言い聞かせる。  それでも、お花見している人々は立体ホログラムのお花見を楽しんでいる。まるで本当に桜が咲いているみたいに。  そんなお花見客の中に、自分の家族がいないかと祖父は目を凝らす。けれど、家族の姿を見つけることはできない。きっと大勢のお花見客の中に紛れてお花見を楽しんでいるのだろう。  たとえ満開の桜が立体映像だとしても、地下都市で暮らす人々にとって桜は桜だ。本物の桜と同じく春を告げる使者なのである。太陽の光を一度も浴びたことのない人々が、春を感じる数少ない機会。だから、地下で暮らす人々にとって、満開の桜は特別な価値のある特別な存在。  そんな思いをめぐらせた祖父は深いため息をつき、公園に背を向けて自分の暮らすマンションへと歩き始める。  あのお花見客たちの中に、本物の桜を見たことがある人はほとんどいないだろう。自分みたいな年寄りくらいだ。本物の桜を目にしたのも、もう遠い昔のことだが……。  祖父は空を見上げる。春らしい青空をそれらしく広げている。けど、それはガラスドームに映し出した青空がそれらしい光を輝かせているだけ。  これもまた地下都市で暮らす人類の必死の努力による技術の進化の賜物ではある。あるいは地下深くに潜った人類が生きるために必死で生み出した技術とも言える。  けれど、どんなにリアルな空のように青空や雨といった天気の移り変わりを映し出しても、やっぱりそれはガラスドームの表面に映し出された偽物の空。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!