みんなが見てる桜

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「どうした?」 「…いや」  スーパー前の通りには人が集まっていた。  500メートルほどに渡って並ぶ年季の入った桜たちは、八塚一町民に長年愛される春の名所である。天気が良いこともあり、今日は人出も多く賑やかだ。道ゆく車も、少しスピードを落として走っている。  玉環と幽玄は買い出しの帰り。写真を撮る人たちを避けながら……背の高い幽玄は桜の枝も避けながら……歩いた。  イライラしがちな幽玄だが、今日は度々立ち止まってはボンヤリと、桜を眺めている。 「そんなに桜が綺麗か」 「さあ…これ、キレイなのか?」 「ふむ。わしが愛でるには少し足が早すぎる花だが、景色が桜色に染まる様は面白くはあるな」 「…へえ」  いま二人と同居している青瀬は、この季節の桜に近寄らない。  お化けが普通に見える彼は、この季節に出張って人間をジロジロ見てる桜の精も見えてしまうからだ。それを嫌って近づかない。  高い霊能力を持つ幽玄も、それらが普通に見えていた。この時期に花を通してしか眺めることができない、でも人が大好きな桜たち。たくさんの目をキョロキョロさせて笑いさざめく様は、目の数が違うだけで、人間とやってることは同じである。  そういうものだと思っていた。  だが。  いまの幽玄は、玉環が与えた封印により、大部分の霊能力を封じられていて、桜の精はほとんど見えない。  玉環の浄化のチカラのおかげで、その辺をウロチョロする雑霊も八塚一にはいない。  幽玄は生まれて初めて、桜と人だけを見ていた。 『みんな、毎年こんな景色を見ているのか…』 それは、テレビや写真が切り取った部分ではない、生の桜のトンネル。 「桜の精がいないと、すげえ見晴らしイイ…」 「本人たちがいる前で言うてやるな」  桜の枝が、幽玄の頭をペチンと叩いた。 ※※※  ボンヤリと食事をする幽玄に、激務で疲れきった青瀬も流石に心配した。幽玄が食事の片付けをする間に、玉環にこっそり聞く。 「何かあったんですか…?」 「なに。目の瞑り方を覚えただけよ」 「?」 「桜の精が見えぬ景色が、よほど面白かったと見える」 「…あー…なるほど、それは…よかったですね」  少し遠い目をする青瀬に、玉環は珍しく微笑んだ。 「次の休みはいつだ? 皆で花見に行こうか。お主の目は、わしが少し瞑らせてやろう」 「えっ」 「マジかじいさん!」 『花見』という言葉を聞きつけ、幽玄が居間に飛び込んできた。  子供のようだ。玉環は苦く笑った。  本当はずっと、そうしたかったのだろう。  幽玄に巣食う二匹の疳の虫は、魂と交わりすぎていた。祓うのは容易いが、宿主も無事では済まない。一生付き合うよりほかなかった。 『ならば、楽しく生きる方法を覚えさせるか』  昨年末のクリスマスで、幽玄は捻くれた態度こそ取っていたが、以降、少し穏やかにもなった。聞けば、人と行事を楽しむ経験があまりないらしい。  ここ八塚一町は、大都会仙台のベッドタウンだ。イベントには事欠かない。 「どれ、久しぶりに遊んでみるかのう」 「なんだ、じいさんのお供か。じゃあいいや」 「そんな口をきいていいのか? わしに付き合えば酒がたらふく飲めるぞ」  うっ、と言葉に詰まる酒豪・幽玄に、玉環は今度は普通に笑った。  いい花見になりそうだ。 (了)
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