「バックします」、ご注意下さい!?

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「バックします」、ご注意下さい!?

桜が八分咲きを迎える。窓辺に貼り付いた花弁を指で摘み取って、陽光に透かした。昼休み、3階の教室から見下ろす校門は人の群れでごった返していた。 あまり桜は好きではない。散り散りになって消えてしまう様子が泣きそうになるから。だから枝先まで溢れるほど、名一杯に花開くこの桜をずっと見つめたくて密かに息を吐いた。 ◇◇ 人の群れが居なくなるまで、つまりは放課後まで待とうかと思ったけど放課後もどうせ大勢見に来るんだろうな。カップルとか。ツーショに気を遣って退いたり、きゃぴきゃぴした集団に巻き込まれるぐらいならば、と一大決心。授業中に抜け出そう。そしてゆったりとあの桜を眺めるのだ。 普段は真面目で通しているが、今日に限って思い切りの良さを発揮した。5限目の現代文は少し気弱な先生だから、保健室に行くとでも言えばいける、いける。思いついたアイデアに心が弾む。抑えきれず上がる口端を右手で覆った。 ◇◇ 結論。大成功。5限目が始まって10分。(マジでツライっす…)みたいな雰囲気を醸し出して、気怠く頭を抱える。気弱な現代文の先生こと村越先生に、早く保健室に行っておいでと促され、差し出された優しさに流石に少しだけ罪悪感を抱きつつ、はい……としずしず教室を出て廊下を曲がる。よっしゃあ、桜!花見!Woo hoooo!とばかりに靴箱で履き替え、校庭に駆け出して行く。昨夜に降った雨の残りに陽光がキラキラと反射した。スカートに跳ねる泥も気にせず一直線に走る。 ◇◇ 辿り着いた先で弾んだ息を整えながら、ゆっくりと顔を上げた。綺麗。枝の先まで咲き溢れる薄桃色。水が滴る若緑の子房が際立ち、鮮やかに映る。短く横すじが走る細身の幹から悠々と枝を伸ばして咲き誇る様に息を呑んだ。風も吹かず、穏やかな良い天気だ。 皆がうとうとと、或いは真剣に午後の授業を受ける最中に、私ひとりがこの桜を見上げている。そんな事実に肩を震わせて笑うほど、高揚した気分だった。一頻り笑い、周囲をぐるりと巡り歩き、また眺める。そういえば写真を撮っていないなと思い出す。 スマホを取り出し、どこに焦点を当てようと考える。あ、あの一枝がいい。背伸びをして花弁のギリギリまでレンズに触れさせる。うーん、もう少し、距離を取った方がいいかな。古びた音楽棟を背景に、薄桃の雫が今にも落ちそうな瞬間。 ドン! 背中にふと衝撃を感じた。思わず切ったシャッターが間抜けた音を立てる。訳がわからないまま振り返ると、甘やかさと切なさを含む匂いがした。唇にいま、ふにりと感触が、え、え? 茫然としたまま、揺れ動く緩やかな茶髪を目で追った。目の前には同じくぽかんと目を見開く少女がいた。片手にスマホ、もう片方は頬に手を当てている。あ、良かった……唇じゃなかった、セーフセーフ。いや、そうはならんやろ!!、! ぼっと音を立てて燃え上がる頬を自覚。どっどっどっと囃し立てる心臓が苦しい。やばい、今絶対顔赤い。どうしよう。しかも相手が相手だ。鎖骨下まで緩やかな茶髪の巻き髪、耳には目立たない程のピアス。制服のシャツは胸元が見えそう。膝上の短いスカート丈。そこから覗く足は、細くて長い。 未だにぽかんと立ち尽くすが、色白の小顔にツンと尖る鼻梁。広い二重幅、長い睫毛に縁取られた切れ長の瞳。薄く開いた唇。 2組のギャル、山根って実在するんだな……。 半ば泣きたい気持ちと現実逃避したい自分が殴り合いを始める。よし、土下座して謝ろう。金を差し出して、命だけは勘弁してもらおう。あ、財布教室じゃん……。 心の中の百面相を気取られないよう、赤らんだ真顔で両腕をゆっくりと上げる。不気味な様子に、硬直していた彼女がびくっと肩を震わせた。上げきった両腕のまま静かに地面に正座する。 「すみませんでしたああああああ!!!!」 全力土下座。泥濘とかもうどうでもいい、気にしない。どうせ校庭を駆け抜けて泥跳ねしてたし。それよりもあのギャル山根の頬に唇が当たったことを謝罪せねば。 「ちょっと、止めてよ!」 座して一秒もなく、慌てた彼女に腕を掴まれ、無理やり立ち上げられる。ふわりと漂う香りにまた顔が熱を持つ。それに構わず歩きだした彼女に引きずられていく。 「すみませんでした、ほんとに、ほんとにすみませんでした命だけはどうか勘弁して下さい」 「何言ってんの、いいからさっさと行くよ」 柳眉を吊り上げた表情も美しいんだ、この人。見上げた視線がかち合い、場違いにもまた見惚れる。いやいや、そうじゃなくて。 「あの、どちらへ………?」 「ウチの家。連れて行く。」 は?え、なんでこんなことに。 「……リンチしても今お金もってないです」 「はっ倒すぞ。黙ってろ。」 着替え貸すんだよ、と短く切り捨てられ余計に混乱する。なんで、同じクラスの、初対面のギャルの家に行くんだよ。キガエ カスンダヨ????えっなんで、なんで?? こんなことなら、写真撮る前に、 「バックします」「ご注意下さい!」 って言えばよかったあああああ!!!!!
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