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何を話したらいいのか、どんな話題を好むのかなど全くわからない男と車の中に二人きり。
そんな状況、どうしたものかと頭を抱えたが、それは美紅の取り越し苦労だった。行きも帰りも終始和やかな空気が流れ、二人の会話が途切れることはなかった。
ラクロスのことから始まり、共通の知り合いである彩香の話から文学部の友人ネタへとつながり、気付くと美紅も彼も笑いながら話していた。
特にラクロスの話になると野崎侑は熱量が上がり、彼がどれほど真剣にラクロスと向き合っているかが伝わってきた。
そういえば、彩香も言っていた。「野崎さんはラクロスにストイックすぎ。」と。
ラクロス観戦初心者の美紅たちさえも惹きつけるあのプレーは、この熱い想いに裏付けされたものなのだと美紅は納得しながら耳を傾けていた。
「あっ…ごめんな。こんなラクロスの深い話を連発されても困るよな。」
夢中で話していたかと思えば、ふと我に返り、照れたように取り繕って、ラクロス部員の笑い話も披露してくれる。
意外だった。野崎侑という男はもっと無口で、美紅になどたいして関心を示さないのではないかと思い込んでいた。
「何か、今日のお礼をさせてください。この後…よかったら夕食を…」
帰り道の車中で美紅が意を決してそう申し出ると、「いいって。」と即座に断られた。だからと言って、ここですんなり引き下がる訳にはいかない。
「何でお前と飯を食わないといけないんだよ」という拒否かもしれない。その不安と闘いながら美紅が「でもっ」と言うと、それを遮るように「じゃあ…」と野崎侑の声が上からかぶせられた。
「また試合、見に来て。」
「えっ…」
「できれば、この後の試合、全部。」
「全部?」
美紅は驚きを隠すことなく声を上げる。
隣でハンドルを握る野崎侑の横顔をまじまじと見つめてしまった。
「で、俺のプレーから絶対、目をそらさない。」
ちょうど信号が赤になって車が停車する。そこで野崎侑がゆっくりとこちらを向き、その目が美紅を捉えた。
涼し気なはずの目が、全然、涼しくない。むしろ熱い。
「俺だけ、見てて。」
「…は、い。」
彼の目に操られるかのように、美紅は何とか返事を口から押し出した。
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