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三柴の気持ちはよくわかる。美紅にだってどっちが正しいかなんてわからない。
侑の言いたいことだってわかるし、試合が彼にとって真剣に勝負を挑む大切な場であることも承知しているつもりだ。
だけど、美紅が抱く気持ちも否定されるべきものではないはず。
好きな男にとって特別な原動力になっていると実感したい。美紅はただそう願っただけだ。
そう願うことがそんなにいけないことだとは、どうしても思えない。
結局、どちらが正しいなんて正解はない。
立場や考え方、価値観の違いがこの問いに正解を失くしている。
「車に乗ってる時にね…前の車を運転してる人が窓からドリンクカップを捨てたんだよね。」
先ほどの問題提起の困惑から抜け切れていない三柴に、美紅は更に新しい問題を追加する。
「それを見て私が、ああやって道に平気でゴミを捨てられる人の気が知れないって言ったら、彼がこう言ったの。お前だって、抜けた髪の毛を平気で道に捨ててるじゃないかって。」
こう切り返された時は本当にびっくりした。
確かに侑の言う通りだ。美紅は抜けた髪が服についていたら、それを取って当たり前のように道に捨てる。糸くずの場合も同じだ。
だが、まさかそれを車の窓からドリンクカップを捨てる行為と同類に括られるとは思ってもみなかった。
「ねぇ、私が自分の抜け毛を道に捨てるのも、車の窓からゴミを捨ててるのと同じ?」
美紅はその場で侑に「違う」と反論したかった。こんなの、おかしい、と。
でも、残念なことに彼を納得させられる主張が思い浮かばなかった。
髪の毛はゴミじゃない。そう言ったところで無駄なことは明らかだ。
なぜなら、髪の毛だってゴミとして袋にまとめてゴミ収集車に回収してもらう対象だ。自分の部屋にいたなら、間違いなく抜けた髪はゴミ箱に捨てる。
「ちょっと待てよ…なんか、頭が混乱してきた。」
三柴が小さくうめいて頭を抱え込む。
その姿を見つめ、美紅は小さくため息をもらした。
「ね?何が正解か、わからなくなるでしょ?」
これだけじゃない。侑とのやり取りの中で美紅の価値観がひっくり返された話は、数えきれないほどある。
だが、問題はここじゃない。
侑との価値観の相違。それだけだったら、美紅の心に隙間風が吹くことはなかったかもしれない。
色々な考え方があって当たり前だよね、と大きく構えていられたかもしれない。
一番最初に美紅の心に冷たい風が吹き込んだのは、侑がラクロス部の副将になった頃だ。
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