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美紅は大学二年生、侑は大学四年生になったばかりの四月。おもむろに侑が提案してきた。
「これからは、あまり大学の中では会わないようにしたい。」
「どうして?」
「彼女と一緒にいるところを、部の後輩たちに見られたくない。」
なに、それ?
呆気にとられすぎて、心の中の声は音を伴って口から出てこなかった。
「マネージャーの友達に手を出したっていうのは、あまり示しがつかない。」
「そう…なんだ…」
これ以外、なんて言えばいいのかわからない。
副将としての威厳。これを保つために美紅と一緒にいるところを後輩たちに見られたくない。そういうことらしい。
美紅が他大学の学生だったなら、同じ大学でもラクロス部マネージャーである彩香の友人でなかったら、話は違ったのかもしれない。
確かに、マネージャーの友人と付き合っているとなれば、陰で色々と話題にのぼりやすいだろう。
副将である侑が部内でどんなに厳しいことを口にしても、美紅の存在によりその威力が半減してしまう。
そういう事態を避けたいのだという侑の意図は理解できた。だから美紅は承知した。
だが、明らかに美紅の心に冷たい風が吹き込んだ。
侑の中では間違いなく、美紅はラクロスより優先順位が低い。
練習はもちろんのこと、体を鍛えるためのウエイトトレーニングや走り込みに割く時間も相当なものだし、部活以外の場でも部員たちとの付き合いを大切にする。
美紅との先約があるにも関わらず、ラクロス部員たちとの飲み会やイベントを優先し、美紅が断られることも多々あった。
「俺だけが彼女と約束があるからって断れるわけない。」
男の付き合いってものを大切にするのは悪くない。
それでも、美紅との約束を反故にすることに何の抵抗もない侑の素振りには、腹立たしさを通り越して淋しさを感じた。
「私よりもラクロスや部員たちの方が大切なんだね。」
この言葉だけは口にしたくなかった。その後、自分がどれほど惨めな気持ちになるかは目に見えている。
侑から向けられる蔑んだ目、果てしなく襲う自己嫌悪。
そんなものに耐えてまで自分を一番にして欲しいと叫ぶのは哀れだ。美紅にだってプライドがある。
自分のことを一番にしてくれない男に、自分の中の一番の座を渡したら負け。
そんな強がりだけを覚えた五年間だった気がする。
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