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「きっと…どんなに好きでも…好きって気持ちだけじゃどうにもならないこともあるんだよね。」
三柴が一拍置いて「そうだな…」と頷いた。
今、三柴は深澤茉紘のことを思い浮かべたに違いない。三柴のその苦い賛同は、彼もまた、好きという気持ちだけではどうにもならなかった恋に苦しんだ証だ。
「でも、高梨、いい女になったよな~。そういうことをさらっと言えるようになってさ。」
あまりにも緩く褒められて、美紅は「なに、それ。」と笑ってしまう。
そして美紅も緩く言い返した。
「私がいい女だって気付くなんて、三柴くんこそちゃんと女を見る目を養ったじゃん。」
卒業式の日、「女の口説き方を学ぶ」と口にした三柴に美紅は言い放った。「三柴くんが学ぶべきなのは女を見る目だから!」と。
その成果を茶化すようにして認められ、高らかに笑ってくれるかと思ったのに、三柴は笑わなかった。
笑うどころか、じっと美紅を真顔で見つめてくる。
え?
なに?
見事に調子を狂わされ、美紅もまた、目の前の沈黙に引きずり込まれた。
ふっと三柴の表情が柔らかく揺れる。
「ほんと、あの頃の俺の目はどうかしてたな。」
「…どういう意味?」
三柴はまるで美紅の質問が聞こえていないような素振りで、腕時計を見る。
「時間、大丈夫?明日も仕事って言ってなかった?」
三柴につられて美紅も自分の腕時計を確認する。時計の針は十一時になろうとしていた。
「そろそろ帰らないとかな…」
土日も開館している図書館に勤めている美紅は、週末の両日に休みを取ることは難しい。
名残惜しいが、今日のところは引き上げるべき時刻だった。
店を後にして駅まで歩く道すがら、三柴がしみじみと言う。
「それにしてもあの高梨がこんな時間まで飲み歩いてるなんて、ちょっと感動。家、めちゃめちゃ厳しかったじゃん。」
美紅は笑いながら「そうだよね。」と相槌を打つ。
美紅の両親は口うるさい方で、高校生の頃はかなり窮屈な生活を強いられていた。
大学生になっても門限があり、社会人になったら必ず家を出て一人暮らしをすると堅く誓っていた。
勤務先が自宅から通える場所にあるのに一人暮らしをすると言い張る娘の要望をあの両親が快諾するはずもなく、多少は揉めたが、美紅は何とか家を出ることに成功し、今は一人暮らしを満喫している。
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