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その時、ふわりと風が吹いた。
いかにも春の夜に似合う優しい風が運んできたのは桜の花びら。どうやら近くに桜の木があるらしい。
柔らかい髪に舞い降りた桜の花びらに気付くことなく、美紅は首を傾げて清宮を見る。
ついでにその横に立つ三柴にもちらりと視線を投げると、三柴は何故か苦い表情で清宮のことを見ていた。
「え…あっ!…三柴の、彼女…?」
我に返った清宮が、美紅と三柴を交互に見ながら尋ねる。
すかさず「そう。」と肯定した三柴の肩をばしっと叩き、美紅は「冗談、きつい。」と睨んだ。そして清宮に向き合う。
「違います。高校の同級生です。」
「そっか…ただの友達…」
清宮が見るからに安堵の気配を漂わせてつぶやいたちょうどその時、ホームに電車が滑り込んできた。
「ほら、電車きたぞ。俺はこれからデートだから、邪魔者はさっさと帰りな。」
三柴が手を振って、清宮を追い払うような仕草をしてみせる。
美紅は「デートじゃないし!」と訂正するが、三柴は全く取り合わなかった。
「じゃあ…また、明日。」
三柴に促されるようにして電車に乗り込んだ清宮は、最後の最後まで美紅のことを見つめていた。「また明日」という挨拶すら、美紅に向かって言ったのではないかと思うほどに。
とりあえず、美紅は車内の清宮に軽く会釈をし、手を振って見送った。
「清宮…くん?って、何かちょっとぼーっとしてる感じの人?」
「いや…全然。はきはき営業マンの鏡になりそうなヤツだけど?」
「そうなの?」
どう見ても、最初から最後までぽわんとしていなかったか?
釈然としない美紅の隣で、何故か三柴も曇った顔をしている。
「でも、イケメンだね、清宮くん。」
美紅が深く考えずに、まっさらな第一印象をそのまま口にしたら、三柴は「そうだな。」と同意した。そのくせ、彼の眉間にシワが寄っている。
いつもは溌剌としているらしい清宮が突然、別人のようになってしまった理由も、三柴が芳しくない表情をしている理由も美紅にはわからず、ひたすら首を傾げていた。
この出会いが美紅に大きな決断を迫ることになるなど、今の美紅が知る由もなかった。
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