第二章 

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その日も、やっと仕事が終わってこれから帰宅だと言いながら、三柴が電話をかけてきた。 「高梨は?何か、夏ーって感じのこと、した?」 「図書館に来る小学生が増えて、あ~、夏休みなんだなぁって実感してる。」 「何だよ、そのわびしい夏の実感は。」 「赤本広げた受験生が必死で勉強してる姿に、夏を感じる。受験生は夏が勝負だよね〜って。」 「わびしいを通り越して、切ないわ!」 三柴が吠え、美紅はあははと笑う。 赤本とは大学入試過去問題集の通称で、大学別に用意された赤い表紙がトレードマークの受験生必須アイテムだ。大学受験を経験したことがある者なら、必ず一度は手に取ったことがあるだろう。 赤本などという懐かしの言葉が飛び出し、二浪もした三柴には嫌な夏の記憶を呼び戻させたに違いない。 「曲者と旅行とか、行かないの?」 「うん…彼もちょっと忙しいみたいで。花火大会には行く予定だったけど、雨が降って中止になっちゃったんだよね…」 美紅にとっては、唯一の夏らしい予定で楽しみにしていた。うなだれる美紅の前で、侑はさほどがっかりしているようには見えなかったけれど。 実は花火大会の人混みにもまれることを回避できてホッとしていたのかもしれない。 花火デートのはずが普通の居酒屋デートになってしまい、ふてくされ気味の美紅の目の前で、侑は「仕方ないよな〜。」なんて言いながら美味しそうにビールを飲んでいた。 「せっかく浴衣も新調したのに…」 諦めきれない美紅のぼやきを瞬時に三柴が拾う。 「浴衣っ?」 あまりの食いつきに美紅が驚いていると、「よし!いいこと思いついた!」といきなりテンションを上げてみせる。 いや、それ、絶対、いいことじゃないよね? 「その浴衣着て、飲みに行こう!」 「はぁ?」 「この際だから、夏らしい店がいいよな。浜焼きとか!」 「浜焼き…?」 「はまぐりとかホタテとか海老とか焼いてさ~。何か、海の家っぽくね?」 「…で、私は浴衣着るの?」 「完璧だろ!夏の思い出!」 「どこが、完璧…」
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