第二章 

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ここで美紅は本当に吹き出した。ここまで浴衣を連呼する必要があるだろうか。 どうやら三柴の方が一枚上手だったらしい。強く念押ししないと美紅はしらばっくれて普通の服でやって来る。そう全てお見通しだったようだ。 正直、浴衣を着るのは時間がかかるし、体感温度も全然、涼しくない。 それでも、来年までのお楽しみと諦めていた浴衣が着られるのは、嬉しくもあった。何しろせっかく新調したのだから。 ここは大人しく、三柴の要望に応えることにしよう。 美紅が選んだのは、白、黒、赤、グレーの大きな百合が全体にひしめき合う柄のちょっと渋い印象の浴衣だ。そこに赤い帯を締める。 かわいいというよりはかっこいい、そんな柄の浴衣にしたのは、この先も長く着ることを想定したからだ。 いつもは美紅が着る服にあまり一喜一憂したりしない侑も、さすがに浴衣で現れたら喜び、美紅の浴衣姿を褒めてくれるのではないか。そんな期待もしながら選んだ浴衣を、まさか一番最初に三柴に披露することになろうとは。 花火大会前に何度も練習していたおかげで、難なく浴衣姿になることができ、美紅は三柴が予約してくれた店へと向かう。 慣れない下駄で歩くことを考慮してかなり余裕を持って家を出たため、一〇分前には到着した。 外観は普通の居酒屋だが、一歩中に入るとまるで海の家に来たかのような錯覚に襲われた。 素朴な内装で、テーブル席には各々浜焼きが楽しめるように網と炭がセットされている。これはかなり本格的な浜焼きが期待できそうだ。 だが、やはりどう見ても浴衣で来るような店ではない。そこはかなり居心地が悪いが、ここまで来たら、もう開き直るしかないだろう。 どうせまだ三柴たちは来ていないだろうと思っていたのに、彼らは既に席に着いていて、店員に案内された美紅が姿を見せると二人そろって美紅のことを凝視した。 「ゆ、ゆかたっ!」 三柴が興奮気味に叫ぶ。 「浴衣着て来いってしつこく言ったのは三柴くんなのに、そんなに驚かないでよ。」 呆れながら美紅は笑い、三柴の隣に座る清宮にも「お久しぶりです。」と笑顔を向けた。 すると清宮が勢いよく立ち上がる。立ち上がったのに、清宮は何も言わない。 清宮はそのまま三柴に「いいから座れって。」と腕を引っ張られて強引に座らされた。 きっといきなり浴衣なんかで現れたことに驚いたのだろう。 そりゃあ、そうだ。花火大会や祭りの帰りじゃあるまいし、普通の飲み会に浴衣で登場する女など、そうそういるもんじゃない。
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