4.大切な人

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「おはようございます。時間ピッタリですね」 「待ち合わせには5分前に着くように心がけていますので」  小さい頃にお母さんに叩き込まれた時間術だ。待ち合わせをしたら待たすのではなく、待つ人間になりなさいと。  たまに私より早く来る人もいるけれど、田村さんはピッタリに来るタイプのようだ。 「では行きましょうか」 「はい」  言ってみれば初めての実践。何百のお葬式に参列してきたけれど、こんなに緊張するとは思わなかった。手には暑さじゃない汗がにじんでくる。  今までの仕事で関わってきたお客様は式の内容決めから一緒に関係を築いていた。だからなんとなく式に参列する人を把握できたけれど、今回は違う。  お客様である依頼人は参列者をよく思っていないし、参列者も依頼人どころか故人のことをよく思っていないらしい。その式がどんなものになるか想像もつかない。  依頼人から故人であるお母様のことを聞いたけれど、その話をどうやって周りに見せる為に泣けばいいのかわからないし。  だけど、依頼人の希望に応える為に、お母様の為に、泣く。それが私がやろうとしている仕事。涙もろいのが取り柄のような私だけど、使命として泣くことが、私にできるのだろうか。
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