4.大切な人

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 そんな堂々と言われても、と私は思ったけれど、田村さんに言えるわけがない。だって本当に自信満々に言うものだから。  無表情なのにどこか誇らしげに見えるのは私の目の錯覚かな。私は「そうなんですか」と答え、それから2人、無言のまま斎場までの道のりを歩いていく。  たぶんだけど、お葬式ってみんな周囲の人を見る余裕がないから、田村さんが目薬をさしているのに気づかないんじゃないかな、なんて思ったり。  けれどまあ、あとから実際にその現場を見て、田村さんの手際に納得してしまうのだけど、それはまた別の話。 「おはようございます。今日はよろしくお願いします」  遺族の控室から抜け出してくれた神田さんと私達は合流した。ざっと式の流れを確認する。  私達の仕事は、葬儀のなかで依頼人の親戚の視界に入る場所で悲しむ演技と、ほどよく泣くこと。  ほどよく泣くって言われてもわからないし、悲しむ演技なんてしたことがない。そこにプラスして田村さんが考えてきたという『親族を泣かせる為のシナリオ』を披露するという。  細かなタイミングを打ち合わせしている間も、神田さんは気丈だった。人によっては式の当日も、心ここにあらずの人が多くいる。淡々とやるべきとこをこなすことができるのはすごいことだと思う。
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