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「こっちの穴で頭を通すんだ。ここは袖で、こっち側の面が前に来るように着替えればいいよ」  簡単に説明すると月娟は頷いた。 「ちょっと、試してみるわ」 「ここで待っているから終わったら呼んで」 「ありがとう」  月娟は踵を返すと扉を占めた。扉を挟んで、二人の話声を聞きながらジュダルはこれからの事を考えた。  体力の無い月娟と手負いの芙蓉を連れて逃げるのは困難だ。もし逃げれてもここにはいられない。遠くの国に行かなければならない。周囲は奏国と清国の同盟国。そこに逃げるのは自ら捕まりに行く様なものだ。遠くに逃げるには準備もいるし、二人の体力の回復を待たなければ。  ——あの傷なら六日程あれば大丈夫だろう。満足に動けるようになるには一ヶ月ほどか。  ならば、その期間は迷宮で芙蓉の怪我が癒えるまで待つしかない。体格も良いあの男達には、崖にできた狭い亀裂がこの迷宮の入り口と思わないはず。今頃、近くにある間抜けな山賊どもの住処でも襲っているに違いない。  輿入れ行列が襲われた、と双方に使いを出しても馬を全頭殺された今、走り続けても二カ月はかかる。一ヶ月弱はここでゆっくりできるだろう。 「ごめんなさい。終わったわ」  扉から顔を覗かせた月娟はぎこちなく微笑む。ジュダルに対する恐怖は残っているようだが先ほどよりも幾分か表情は柔らかい。側に侍女がいるからだろう。  大切な人の笑顔を見れて嬉しいと思う反面、それが自分に向けられたものでは無いと知るとジュダルの心にふつふつと怒りが湧き出てくる。  それを押し堪えて、顔に笑顔を貼り付けた。 「着方、分かった?」 「ちょっと手こずったけれど、どうにか」 「入ってもいい?」  月娟は快く頷くと扉を開けてくれた。 「やあ、芙蓉。怪我の具合はどう?」  部屋に入りながらジュダルは芙蓉に問いかけた。  芙蓉は手渡された衣服に着替え、地面に横になっていた。先ほどまで着ていた衣服は乾かすために椅子の背に干すように置いてある。  芙蓉はジュダルを見ると急いで起き上がろうとした。それを片手で制し、ジュダルは人好きのいい笑みを深くした。 「大丈夫です」  芙蓉は小さく頷くと身体を起こそうとする。それを見て月娟が早足で芙蓉の側に寄るとその背中を支えた。 「月娟様、すみません」  主人に介護の真似事をさせた、と芙蓉は顔を青くさせ、俯いた。 「大丈夫よ。こういう時は甘えてちょうだい」  月娟は芙蓉の肩に手を置いた。 「貴女はもっと他人に甘えてもいいの」 「甘え過ぎていると自負しております」 「まだ足りないわ。もっと甘えてもいいわよ」  目の前で楽しげに繰り返される会話に、ジュダルは顔を歪めた。  大人気ないとは理解しているが邪魔するためジュダルは芙蓉の名を呼ぶと左肩を指差した。 「その怪我の薬作るけど苦いの平気?」 「ええ」 「見た感じ、頭痛と熱、あとは吐き気だと思うけど他に気になる事ある?」 「最初は耳鳴りもしてたけど、今はだいぶ落ち着いてます」  淡々と芙蓉は返事を返す。  それを尻目にジュダルは薬を煎じる準備に取りかかった。
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