本章

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 芙蓉はその真紅が見えなくなると力が抜けたようにその場で座り込んだ。 「……緊張した!」  まさか奏王本人が現れるとは思うまい。  常日頃、兄達に「鉄塊が人の形になり服を着ている」と揶揄(やゆ)されるほどの肝が据わっている芙蓉だが、奏王の登場には緊張により魂が抜かれる思いがした。  それに、これからのことを考えると憂鬱でしかない。  月娟に従い、清国へ向かうのはいい。行くな、と言われても馬を走らせてでも付いていく気持ちでいた。  憂鬱なのはこの後にある行儀見習いだ。身体を動かすことを好む芙蓉は、堅苦しい衣装を着て微笑みながら仕事をするのは苦手だ。できることなら避けたいが、侍女としていくのならば避けては通れないだろう。  登城すればきっと厳しく教えられる。これからのことを考えると口からは重く長い溜め息がこぼれた。  芙蓉は立ち上がると身体に着いた土ほこりを払い、自室で準備をしようと歩き出した。
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