序章

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「楽しそうですね。ぜひ私も混ぜてください」  作り物の笑顔を貼り付け、小首を傾げると女官達は忙しなく視線を彷徨わせる。 「えっと、これは」 「月娟様のお話ですよね?」  にこやかに告げられた言葉に女官達は泣きそうになる。自分達が口に出した言葉が王族への侮辱にあたるものだとやっと気付いたようだ。  意地の悪い笑みを貼り付けたまま芙蓉が一歩近づこうとした時、 「芙蓉殿!」  藍藍が鬼の形相で駆け寄ってきた。 「おや、藍藍殿」 「おや、ではありません! いったいこんな時間までなにをなさっていたのです!?」 「彼女達とお話をしていました」  芙蓉は三人を指差した。途端、三人は体を寄せあい可哀相なぐらい震え始める。 「貴女達、こんなところでサボっていないで仕事をなさい!!」  鋭い藍藍の言葉に三人は立ち上がり、助かったとばかりに我先にと出口に向かって駆けて行った。 「何をしていたのです」  藍藍ははあ、と大きくため息を吐いた。芙蓉にことのあらすじを問いかけてはいるが視線は逃げた三人を追いかけているので何があったのかは察しているらしい。 「藍藍殿。主人を愚弄され、怒らない従者はいませんよ」 「ええ、そうです。けれどここで騒ぎを起こして主人の評価を下げる従者もいませんわ」  鋭い指摘に芙蓉はぐっと言葉を飲み込む。 「出立の日だと言うのにいつまでも鍛錬しないでくださいませ」  むっと唇を尖らせ「はぁい」と気の抜けた返事をすれば藍藍は目尻を吊り上げる。 「皇后様と公主様がお呼びです。ぼうっとしてないで、早く行きますよ」 「皇后様が?」  はて、なんの用だろう。月娟はともかく、皇后が自分を呼ぶなんて。芙蓉が首を傾げると藍藍が「ほら早く」と背後に周り、背中を押す。手加減する気はないらしく、力いっぱい背を押された。  なすがままに背を押され、庭園を歩きながら芙蓉は花海棠を見上げた。  今宵、芙蓉は月娟と共に故郷である奏国を出立する。向かうのは清国だ。陸続きとはいえ、気候が違う彼の国にこの花は咲いていないかもしれない。  ——分かっていたはずだ。何を感傷に浸っているんだ。  心のうちで自分を叱咤(しった)する。  半年前から、奏王に頼まれた時から、心の準備は整っていたはずだ。その時に誓ったはずだ。もう二度とこの地を踏むことはないし、この花を見ることもない。もう二度と家族に会うことは叶わない。  全てを捨てて、自分は月娟のためにこの命を削る、と。
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