本章

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 そして侍従(じじゅう)が二人、離れた位置からこちらを眺めていた。奏王がこの人数の護衛でいいのかとも思うが、これがお忍びであること。それも秘密裏に進められていることは理解できた。  今、気づいたが側には困ったように豊かな髭を撫でる父——景貴(けいき)がこちらを見ていた。その表情は気になるが、どうやら父も一枚噛んでいるようだ。 「景貴。お前の娘はほんに美しいな。豹のようにしなやかで、力強い」  息を長く吐き出しながら宗俊は満足したように微笑んだ。 「勿体ないお言葉、いたみいります」  景貴は先程よりも気まずそうに表情を歪ませた。その様子を見て、芙蓉は内心首を傾げた。  ——何故、父上は怯えているだろうか。奏王様相手に今更怖気付くことはないはずなのに。  景貴は太保(たいほ)に選ばれたこともある人間だ。太保は太子の教育係であり、祭り事を補佐する役割を持つ名誉ある役職である。今は引退し、隠居しているが元々は宗俊に仕えていたため、彼に怯える様子はどこか奇妙に見えた。 「芙蓉よ。(わし)が今日、訪れたのはお前に頼みたいことがあるためだ」  宗俊は先程とは打って変わって、表情を引き締めた。 「先日、奏国と清国とで結ばれた平和条約の証として公主を一人、送ることとなった」 「それがなぜ月娟様なんですか?!」  堅苦しい声音で紡がれた言葉に、芙蓉は無意識のうちに声を荒げた。直後、しまった、と唇を閉ざす。奏王の許しがないままに、自分の意見を述べてしまったのを酷く後悔するが口から出た言葉を引っ込める方法はない。  娘の無礼な言動に景貴が顔を真っ青にして諫めるが宗俊はそれを快く許した。 「よい。儂は今、芙蓉と話をしている」 「っは。申し訳ございません」  景貴は頭を下げた。それに芙蓉も同じ動作をする。 「ご無礼をお許しください」 「芙蓉、顔を上げなさい。賢いお前のことだ。きっと儂と同じ考えを抱いていることだろう」  芙蓉は顔を上げる。すると宗俊は痛ましいものを見るかのように美貌歪ませた。 「なぜ、月娟を嫁がせるのか? 清国のように証は物資でいいのではないか? ……こんなところだろう」  その通りだ、芙蓉は頷いた。と、同時に同じ考えならなぜ月娟を嫁がせるのか疑問が芽生える。  芙蓉の心を見通したのか宗俊は重々しく口を開いた。 「近年、清国は力をつけすぎた。富も財も、我が国の方が上回るがこれ以上に清国の武力も上回る。これ以上、無益な争いを続けるのは我が国の疲弊を招くだけだ」
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