本章

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 元より、断るなんて考えは芙蓉の中には微塵もない。幼い頃、気弱な月娟は自分付きの侍女や女官でさえ心を開かなかった。それを心配した宗俊が当時、まだ太保だった景貴に相談し、合わせられたのが芙蓉だ。性格は正反対だが歳が同じだったためか月娟は芙蓉には心を開いていた。実の姉妹かと思うほどに。彼女の性格を考えれば考えるほど、自分が侍女として始終そばにいた方が安心するだろう。 「お前は武官でもなければ文官でもあの子の侍女でもない。断って貰ってもいい。これは一人の父親としての頼みだ。お願いだ。娘を、月娟を助けて欲しい」  宗俊は頭を下げた。奏王が頭を下げるという行為に、芙蓉は狼狽える。  しかし、奏王である宗俊に「頭を上げて」という言葉は不敬だと気づき、寸でのところで飲み込んだ。思うところはあるが、宗俊の言葉を断る理由はない。 「大役、拝命いたします」  芙蓉はその場で跪き、胸の前で手を組んだ。芙蓉の言葉に宗俊は嬉しそうに微笑む。その後ろでは景貴が今日一番、顔を青白くさせていた。 「芙蓉よ。その言葉、待っていた。感謝する」 「月娟様のお力になれるのならば光栄です。……いくつか気になることがございます」 「なんだ」 「出立はいつ頃になりますか? お恥ずかしながら私は武人であり、宮中での礼儀作法はまったく分かりません」 「早いが出立は来年の春を予定している。それまで我が城で侍女としての礼儀作法を学んで貰おう。来週から城に参れ」  宗俊は口早に述べると龍袍の裾を(ひるがえ)し、去っていた。  景貴も芙蓉に何か言いたいのか視線を向けるが何も言わず宗俊の後を追い、去っていく。きっとこの後について話し合うのだろう。
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