桜の樹の下に木下

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「たかし、今度の新人歓迎会でお花見しよーぜお花見。俺が最高の席を用意してやるよ」  自信満々なニヤけ面でテニスコートから去った木下。  テニスそっちのけで、女の子を口説いてばかりいたあいつがサークルに顔を出さなくなって既に5日。  大学構内の桜は八分咲きを超えて満開に近かった。 「やっぱ木下に任せたのが間違いだったんじゃね?」 「基本騒ぐことしか考えてないっすからねあの人」 「脳内お花畑だし」 「てか、セクハラ野郎ですよあの人」  もはや木下抜きで、大学構内の桜で花見をしようという意見まで出てしまう。  木下よ、これが身から出た錆というものだぞ。  感心に近い感情を抱きながら、俺は困り笑いでメンバーを見回した。 「まあまあ、もう一日待とう。それでも連絡がなければ木下の事は忘れて新歓すればいいさ」 「長が言うなら」 「仕方ないっすね」 「はーい……」  一応サークルの長であるが故に、皆俺の言う事に頷いてくれた。 「よし、じゃあ今日の練習始めるぞー」  皆をコートに誘導していつも通りの練習を開始する。  なあ、木下……お前今どこで何してるんだ?  近所の裏山では見事な桜が満開を迎えていた。  開けた空間は十数名からなるテニスサークルにもってこいのお花見スペースだ。  街を一望できるシュチュエーションも最高で、まさに穴場という他ない。  これならば、待たされて不機嫌満載のサークルメンバーも木下のことを見直すだろう。  ……まあ、この姿を見なければの話だが。 「どうしてそうなったんだお前?」  昨日の今日で木下からやっと連絡がきた。案内に従いたどり着いたのがこの穴場。  そして木下は、満開の桜の樹の下に頭だけ出ている状態で埋められていたのだ。 「どうしてだぁ? そりゃぁ、あれよ。この桜で花見をすんのはうちの組だ。ガキはけえんな……って真っ黒いスーツとグラサンかけたおっさんたちが現れてな」 「おい、それってヤ〇ザ……」 「そいつらと殴り合いの激しい死闘を繰り広げた結果がこのざまよ」  木下は視線を文字通り目と鼻の先の大地に落とした。 「お前、よく生きてたな……」 「へ、俺の打たれ強さ舐めんなよ?」  どや顔をする木下に俺は呆れる。  つまり、ここにたどり着いた時に散乱していた砕けたサングラスや、破り捨てられていた黒い上着は木下とヤ〇ザがやり合った後のモノだったということか。  というか、ヤクザに勝ったのかこいつ……すげぇバカだ。 「てかその状態でどうやってメール打ったんだよ」 「へ、5日も埋められてりゃポケットの中のスマホの文字盤の配列くらい感覚で分からぁ」 「……ああ、配列を覚えるのに5日かかったのか」  それなら地面から脱出する努力をしてほしかった。 「その通り!」  サルみたいに笑う木下。 「で、いつ出てくるんだそこから」 「それが結構がっちりなのよ。たかし、悪ぃけど引っ張ってくんね?」 「引っ張るって……」 「頭」  こいつは何を言っているんだ?  「いやいや、それならシャベル持ってくるからちょっと待ってろよ」  林道に引き返そうとすると木下が首を振った。 「シャベルなんて待ってらんねーって。土の中で体動かしてたから抜け出せそうな感じしてんのよ。一思いに引っ張ってくれよ、な」 「正気か?」  他に方法がないかと周りを見回すが、あいにく土を掘り返せそうなモノはない。 「なあ、頼むよたかし。友達だろ」 「いやいやいや、その友達の頭を引っ張んなきゃいけない俺の気持ち考えたか木下」  想像するだけで痛々しいのだが……。 「安心しろって、俺が打たれ強ぇのは知ってんだろ? な? てか今すぐ引っ張ってくれなきゃ漏らすぞ? こっちは5日我慢してんだかんな?」  睨むな。 「それ脅しだろが……。わかったよ、引っ張ってやるから漏らすなよ?」  忠告しつつ、俺は木下の頭を両手でつかむ。 「いいか? 一息だぞたかし。一息にいけばきっと引っこ抜けるから。大きく息を吸って~」 「お前は大根かなにかか?」  木下の指示通り一つ大きく息を吸った俺は、両腕に力を籠める。 「いくぞ木下!」 「いで、いでででで!!」  ッポン!!  軽い音と共に、俺は桜の樹の幹に転がるようにぶつかった。  枝が揺れ、頭上から白い花弁が大量に舞い落ちる。 「いててて……」 「おお! やったやった! 抜けたぞたかし!!」  俺が両手で掴んでいる木下が歓喜の声を上げる。  俺は舞い散る桜の花を吹き飛ばす勢いで悲鳴を上げた。 「木下、体が!?」 「え? あ? なっ!? ほんとだ!! 俺の首から下ねーじゃん!!」 「お、俺か? 俺が引っ張ったから首だけ抜けちまったのか!?」 「ちげぇよたかし!! お前のせいじゃねえって! 落ち着け……あ」 「あ……ってなんだ、あ……って」  木下も俺同様に悲鳴を上げていたが、途端に真顔になった。 「わりい、たかし、俺、もうとっくに死んでたみてーだ。今のオレはどうやらユーレイみたいなもんらしいぜ」 「……木下?」  いや、まあこの状態を生きているって言うかどうか悩ましいけど幽霊って……。  すると、俺が持っていた木下の頭がすーっと透明になっていく。 「木下!?」  なんだ? 何が起きている!?  困惑する俺に、木下はニカッと微笑んだ。 「たかしぃ、最後にお前と桜見れてうれしか――」  ザァアアア……。 「木下ぁあああああ!」  そうして俺が引っこ抜いた木下は桜吹雪の中に光となって消えた。   木下が埋まっていた場所を見ると、木下は穏やかな表情で事切れていた。
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