エイプリルフール

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「あしたは4月1日だよな」と、山田が言った。  高橋由伸は、会社の同僚の山田と、仕事帰りに居酒屋に寄り、晩飯を食いながら、酒を飲んでいた。 「……ああ、そうだな」高橋は返事した。  ふたりは会社の愚痴や、世間話、芸能人のスキャンダルの話をした後、いま食べているつまみの味や、どの店員が可愛いとか、ビールに飽きて、いま飲んでいる日本酒の味など、思いつくままの会話になっていた。そこに「4月1日。エイプリルフールの話だよ」と山田が言ってきた。 「きいてくれよ」山田はテーブルから身を乗りだしてきた。「去年のエイプリルフールのことなんだけどよ。おれの彼女『いま、部屋の前にいます(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)』ってスマホにメッセージを送ってきたんだよ」  高橋は、ほう(ヽヽ)と、つまみを食っていた箸を置いてきく。 「俺、ちょうど彼女に会いたくて、さみしかったからさ、慌てて玄関の扉、開けに行ったんだ」ここで山田は目玉をひん剥いて、信じられないといった顔になった。その顔はマジシャンの妙技を目の当たりした人の顔と同じだった。「そしたら、彼女、部屋の前にいなかったの(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)」  高橋は猪口の日本酒を啜り、むずかしい顔をした。 「俺、心配になってさ、マンションの通路やエレベーターホール、非常階段のほうまで、彼女を探してみたの」山田が椅子から尻まであげて身を乗りだしてきたので、高橋は猪口を片手に身をのけ反らなければならなかった。「そしたら、またスマホが鳴ってさ。見てみたら、『エイプリルフール。バーカ。わたしがいるのは、わたしの部屋の前だよ』って、彼女から、送られてきたんだ」  高橋は怪訝な顔で山田を見ていた。 「……それって、ひどくね?」高橋は言った。「おまえの彼女」
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