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「絶対に秘密、だからな」
僕と彼で交わした約束。それは、誰にも知られることのない……僕すらも忘れてしまった約束。
パソコンのキーボードの音が鳴り響く。僕、相模ハルは社会人3年目であり、社畜である。今の現代社会なら社畜というのは当たり前なのかもしれないが……あまりにも忙しすぎる。
時計は午後9時を回っている。会社に残っているのは僕と警備員さんくらいだろう。
「明日の会議で使う資料まとめろ……ってこれ僕がやることじゃないだろ」
明日はそこそこ大事な会議がある。だがしかし僕は会議中は特に役割は与えられていない。事前準備頑張ってくれてるから、という名目らしいが美味しいとこだけ自分たちが持っていくというものだ。あまりにも最悪すぎる。
「くっそー……辞めてやろうかこんなとこ」
高校卒業後、特に行く宛もなく、なんとなく普通の企業に就職した。条件は悪くなかったはずだが……まあリサーチ不足の自分を責めるしかない。
とりあえず一通り資料をまとめ、会社を出れたのは午後10時半だった。独身20代一人暮らしの僕は一応自炊はしているが、こんな日はコンビニの弁当を買って帰るほかない。
「飯食ってシャワー浴びて……0時30までに寝れればいいか」
そこそこお気に入りのからあげ弁当を買って、家に帰ろうとする。すると不意に顔に水が伝う。雨でも降ったのだろうか、と思ったがどうやら違う。
「あれ……なんで泣いてるんだろ」
涙だった。ストレスまみれの現代社会に嫌気がさして涙が出てしまった……のだと思う。だが泣いてる場合ではない。僕には急いで帰って飯食ってシャワーにはいって寝るという仕事があるのだ。
「……ハル?」
聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。幼馴染の夏目雄馬だった。
「……雄馬?」
「やっぱりハルじゃ……ってなんで泣いてんの?!」
数年ぶりに出会えた幼馴染に感動して泣いているわけではないが、今回はあえてそういうことにしておこう。
「まぁ、色々あってな」
本当は早く帰りたいところだが、中々会えることのない幼馴染に会えたのだ、少しくらい遅く帰ってもいいだろう。
近くの公園に向かい、ベンチに腰掛けた。
「本当に久しぶりだな……高校卒業以来か?」
「そうだな……」
高校まではずっと一緒だったが、さすがに高校卒業後は別の道に進んだ。
「モデル……だっけ、まだ続けてるの?」
雄馬はいわゆるイケメンというやつだ。芸能関係の事務所にスカウトされ、高校卒業後すぐ活動を始めた。そんな漫画みたいな話本当にあるんだなと当時は驚いたことをよく覚えている。
「ああ……まだ全然売れてないけどな」
少し笑いながら言った。
「ハルは何してるんだっけ」
一般企業に勤めてる、とだけ伝えた。俺もそんな感じの職業に就けば良かったかなぁ、と雄馬は言ったが、そんなことないと思う。
「才能あるんだからさ、顔も良いんだし、芸能関係にいって正解だったと思うよ、雄馬は」
「そんなことねぇよ」
少し強い口調で言われる。
「売れてるんだったら、こんなところにいない……というか簡単に出歩けないぞ、多分」
どうやら地雷だったようだ。まずい、と思い話題を切り替えようとする。
「そ、そういや高校以来話してないよな……どっか飲みに行かない?」
明日仕事だということは忘れて提案してみる。
「……なあハル、覚えてるか、あのときのこと」
どのときのことだろう。
「中学生のときのことだ……あのとき交わした約束、忘れたなんて言わせない」
頭を全力で回転させて考える、全身の神経をくまなく巡らせ思い出そうとする。
「えっと……悪い、思い出せない」
雄馬は少し呆れた表情を浮かべた。
「おいまじかよ……ってことはあのこと、誰にも言ってないっていう解釈でいいか?」
秘密……?なんのことだろう。ここまで言われてもなお思い出せないとは……僕が薄情なのかそれとも記憶力がないだけなのか……どのみちやらかしたことに変わりはない。
「本当にごめん、なんのことだったか思い出せないんだ。」
雄馬はスッと立ち上がった。本格的に呆れられただろうか。
「よし、じゃあ今から行くか」
「え、どこに?」
「その『秘密』の答え合わせにだよ」
ついてこい、と言われた。さっき買ったからあげ弁当は冷えてしまったが、まあ食べれないことはないだろう。それに、1日くらいこんな日があってもいいだろう。僕は走る雄馬のあとを追いかけた。
「……ついた」
全力で追いかけた先にあったのは、数年前に廃校した小学校……僕らの学び舎だったところだ。記念として残されてはいるが、山の上にあるため普段は誰も来ない。というか僕もここに来るのは8年ぶりくらいだった。小学校を卒業した次の年に近くの小学校と統合し、廃校。廃校後に雄馬と一度訪れたきりだった。
「久しぶりに来たな……でもここに何の用があるんだ?」
人気のない、しかも夜中の錆びれた学校は独特の雰囲気がある。なんなら結構怖い。
「大きな木から北に5歩、東に3歩……」
ぶつぶつ言いながら雄馬は歩き始めた。
「え……雄馬?」
何かに取り憑かれてしまったのではないかと少し警戒する、もちろんそんな非科学的な話はありえないのだが。
「確かここだ」
そういうとグラウンドの土を掘り始める。少し経つと、箱が出てきた。
「なんだ、これ?」
「タイムカプセルってやつだよ……本当に覚えてないんだな」
土の中から汚れた箱が取り出される。開けると、中にはいろんな物が入っていた。
「……あぁ!!!思い出した!」
雄馬はビクッとした。それもそうだ、僕が急に大声を上げてしまったのだから。無理もない。
「このレアカード、ここにあったのか」
小学生の頃駄菓子屋で買ったカード入りのお菓子、それのレアカードをここにいれていたのだ。たまに見返したくて探していたのだが、ここにあれば見つかるわけがない。
「中学卒業前に言ったじゃん、タイムカプセル作るから大事な物埋めようぜって」
だんだんと思い出してきた。
「それなら……手紙とかもいれてたよな」
タイムカプセルの醍醐味とも言える未来の自分に宛てた手紙。
「俺もこっちはなんて書いたか覚えてないや」
早速開けてみる。汚い字で便箋も少し色が抜けている。
『未来の僕へ 元気にしていますか。今何をしていますか。僕はもうすぐ高校生です。今は特にやりたいこと見つけてないけど、大人になったらなにか見つけていたらいいな。雄馬はまだ一緒ですか。さすがに離れちゃいましたか。でもいつまでも仲良しでいたいです。』
拙くも短い文章だが、僕の心に響いた。なぜか、涙が出てきた。
「お前ってそんなに泣き虫だったか?」
雄馬に少し笑われる。
「ぐすっ……そういう雄馬は手紙になんて書いてたのさ」
「やりたいこと全力でやれーみたいなこと書いてたわ」
「あはは、変わんないね」
僕も雄馬も意外と根は変わっていないのかもしれない。
タイムカプセルに入っていたのは手紙と、レアカードと小さい頃なら宝物といえるものばかり。物だけじゃなくて、思いも詰め込まれていた。
「……あ!!!時間!!!」
不意に現実を思い出してしまった。時計を見ると、午前2時を回っていた。
「うわ、まじか……どうするかな」
「……明日、仕事休んじゃおうかな」
「いやそれはダメだろー」
名残惜しい気持ちもあるが、僕たちは家に帰ることにした。次の休日にまた会おうという約束をして。
「今度は約束、忘れるなよ?」
「もちろん」
「あ、そうだ……このことは、俺らだけの秘密な?」
タイムカプセルを再び土に埋め、帰路に着いた。からあげ弁当はすっかり冷えてしまったが、まあこれも良いだろう。もう夜も遅いし明日の朝ご飯にでもしよう。衛生面的に良いかはわからないが。
「よし……頑張ろう」
家に帰ると午前3時くらいになるかもしれない。寝れるのはほんの3時間程度だろう。でも、いつもよりも少し気持ちの軽い朝を迎えられそうだ。
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