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「ありがとう、太一を連れてきてくれたのね。大変だったでしょう」
目の前に優佳の姿が浮かび上がった。
血色のいい元気だった頃の姿だ。
「あなたに会いたかった」
優佳。
幻だとわかっている。この朧匂の花の匂いには幻覚作用があるのではないかと言われている。ただの幻覚ではない。亡くなった、心の底から会いたいと願う相手だけ現れるのだ。
手を伸ばしても、何も触れない。
こんなにリアルなのに。
「ママ?」
太一は自信なげに尋ねた。
「ええ、そうよ」
おずおずと近づくと、太一は優佳に抱きついた。その両腕は優佳の体を通り抜け、太一は自分の体を抱く形になった。
幻覚なのに太一は私と同じ優佳を見ているようだ。
「うわああっ」
離れたところで地面に拳を叩きつけている男がいる。後悔か。自分の気持ちをコントロールできないらしい。
「ママ、ママ」
太一の呼びかけに優佳がそっと、頭を撫でる。触った感覚があればいいのに。いや、五感のうち、三感以上働いたら、もう、戻れないと言われている。
戻れなくてもいいと最初に来た時は思っていた。
睡眠不足の体で太一を背負い、ここまで歩いてくるのは大変だった。優佳のそばで眠りたいと思っていた。
でも、優佳は許さなかった。
「もう、再会の喜びを味わわせてはもらえないの? 大きくなる太一を見ることはできないの? 私の一番の望みだったのに。あなたなら、大丈夫。また、来年、会わせてちょうだい」
幻なのにまるで、本物の優佳のように俺を叱咤激励した。
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