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だから、毎年、来ている。
「ママ、ママ」
成長することで母親がいないことがわかるようになった。太一は今、一番、寂しいのかもしれない。
「太一、太一」
太一の頭を撫でる動きをしていた優佳が目配せした。限界だ。
うなずき返して、太一を抱き上げる。
「離して」
太一がいやいやと首を振る。
まわりを見ると、地面に拳を叩きつけていた男は桜の木にもたれかかっている。だらんと投げ出した手足。目をつぶり、眠っているようにも見える。
戻れなくなった人だ。
もちろん、帰って行く人たちもいるが、残る人もいる。
残った人たちはそのまま、桜の養分となり、一体となるから幸せだろう。
でも、私たちは戻れなくなる前に帰らなくては。
「ほら、帰りに回転寿司行くんだろう」
食べ物でつろうとするが、太一は暴れる。
「太一。また、会えるから。ね、お父さんの言うことをよく聞くのよ」
サーッと風が吹いた。花びらが一斉に舞う。ほんの短い幻の時期ももう終わりが近い。
でも、散ってもまた来年、会える。桜だから。
俺たちを諦めさせるためのように優佳の姿が薄れていく。
太一も静かになった。
「ほら、バイバイじゃなく、またねって言おう」
うながされて、泣き声で太一が言う。
「またね」
優佳がささやく。
「愛してる。太一。愛してる。あなた」
「俺も愛してる」
もっと、生きているうちに言えばよかった。
花が舞う。
甘い匂いの中、俺は太一を抱きしめたまま、なかなか、動くことができなかった。
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