その声がいつか春に咲くとき

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 考えても分からない。  薄紅色の浴衣を着ているところを見るに、夏祭りか何かの帰りだろうか。ちんまりとしたお手手に、白い肌。ふっくらとした頬は紅色、目はキラキラと輝く射干玉で。 なるほど、美少女だ。 「……えっと、お嬢ちゃん。お名前は?」 「あのね、サクラ!」 「いやあ、その。私は、えーと。安東香織っていいます。お父さんとお母さんは?」 「いないの。でもね、ご挨拶の練習をしなきゃでね!」  話が掴めない。昨今の小学校では、こんな顔を知らないはずの女性にまで、挨拶の練習台を務めさせてよいと判断しているのだろうか。  香織が戸惑っているうちに、足音がした。  桜の老木から落ちる少し白っぽい花弁に混じるように、 「もし、もし。お姉さん、済まないことをいたしました」  と、言いながら現れたのは、白い髭を顎下に蓄えた老人だった。
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