その声がいつか春に咲くとき

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「いったい何だったの……?」  訳が分からないまま、香織は桜の老木を振り返る。ふっ、と気が付いた。  老木の根元から、若々しい枝が伸びている。枝には、濃いピンク色をしたテープが巻き付けられていた。  そういえば、と香織は思い出す。  林業をする人や登山者が、目印としてピンク色のテープを木などに巻くことがあるらしい。  香織にはこのテープが、山に出入りする人たちからのメッセージに思えた。  見上げた桜の老木は、よく見れば満身創痍。幹には巨大な洞ができ、枝は枯れ、花の色は薄い。 「……はじめまして、こんにちは」  香織は思わず、若木の傍に座り込み、そう言った。  あの少女の笑い声と、老人の嬉しそうな笑みが見えた気がした。
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