9人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
パパが「オッケー、準備できたぞー」と言って、運転席に乗り込む。ウッキウキのリツが後ろの座席に乗り込み、そしてママが助手席に座る。僕は車に乗る前に、少しだけ自分の家のほうを振り返って、暫くじっと眺めた。
「何やってんの、お兄ちゃん。早く早く」
「どうした、愛仁?」
リツが僕を急かし、パパが怪訝そうに僕を見る。
「何でもないよ。行こ行こ!」
僕は元気よく勢いをつけて、後部座席に乗り込んだ。
「出発シンコー!」
リツがおどけながら号令を発する。
「了解」
パパはゆっくりと車を走らせた。
家の門を出たところで、奥菜さんが散歩に出てくるところに出会った。奥菜さんはもう仕事も定年で辞め、今はのんびり一人で隣の家に住んで散歩や、ボランティアで街の掃除なんかをして過ごしていた。
「ああ、どうも奥菜さん」
パパが運転席の窓ガラスを開けて奥菜さんに挨拶する。
「やぁ、ご家族皆さんでお出掛けですか」
「そうなんです。折角の休みなので……」
「今日はね、桜のお花見に行くんだよ!」
後ろの座席からリツが身を乗り出して言った。
「桜の花見……ですか。そうでしたか」
奥菜さんはハンドルを握ったままのパパの顔をじっと見つめた。
「とうとう、皆さんも行かれますか。この近所じゃ、次はワシが見に行く番かと思っておったが……」
「まぁこればかりは、ご一緒にと申し上げるわけにも参りませんので」
奥菜さんは少し寂しそうに笑って、
「そうですな。歳を取ると出掛けるのも億劫になりますしな。皆さんのように若い人たちがお羨ましい」
とポツンと言った。
「じゃあ、このままこのお家にまだお一人で?」
ママが心配そうに尋ねた。
「はは、そういうことになりますじゃろ。じゃあ、お気をつけていってらっしゃい。マァくん、リッくん、お花見楽しんでくるんだよ」
「うん」「行ってくるね!バイバーイ!」
パパは、見送る奥菜さんにちょこんと頭を下げ、車は滑るように走り出した。
最初のコメントを投稿しよう!