桜の花が咲いたら

2/8
9人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
パパが「オッケー、準備できたぞー」と言って、運転席に乗り込む。ウッキウキのリツが後ろの座席に乗り込み、そしてママが助手席に座る。僕は車に乗る前に、少しだけ自分の家のほうを振り返って、暫くじっと眺めた。 「何やってんの、お兄ちゃん。早く早く」 「どうした、愛仁?」 リツが僕を急かし、パパが怪訝そうに僕を見る。 「何でもないよ。行こ行こ!」 僕は元気よく勢いをつけて、後部座席に乗り込んだ。 「出発シンコー!」 リツがおどけながら号令を発する。 「了解」 パパはゆっくりと車を走らせた。 家の門を出たところで、(おき)()さんが散歩に出てくるところに出会った。奥菜さんはもう仕事も定年で辞め、今はのんびり一人で隣の家に住んで散歩や、ボランティアで街の掃除なんかをして過ごしていた。 「ああ、どうも奥菜さん」 パパが運転席の窓ガラスを開けて奥菜さんに挨拶する。 「やぁ、ご家族皆さんでお出掛けですか」 「そうなんです。折角の休みなので……」 「今日はね、桜のお花見に行くんだよ!」 後ろの座席からリツが身を乗り出して言った。 「桜の花見……ですか。そうでしたか」 奥菜さんはハンドルを握ったままのパパの顔をじっと見つめた。 「とうとう、皆さんも行かれますか。この近所じゃ、次はワシが見に行く番かと思っておったが……」 「まぁこればかりは、ご一緒にと申し上げるわけにも参りませんので」 奥菜さんは少し寂しそうに笑って、 「そうですな。歳を取ると出掛けるのも億劫になりますしな。皆さんのように若い人たちがお羨ましい」 とポツンと言った。 「じゃあ、このままこのお家にまだお一人で?」 ママが心配そうに尋ねた。 「はは、そういうことになりますじゃろ。じゃあ、お気をつけていってらっしゃい。マァくん、リッくん、お花見楽しんでくるんだよ」 「うん」「行ってくるね!バイバーイ!」 パパは、見送る奥菜さんにちょこんと頭を下げ、車は滑るように走り出した。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!