初めてのお花見

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 新幹線の車中で潔は考えた。父さんと十八年暮らしたが、じっくり話したことは数えるほどだ。そう言えば、父さんはお花見に行くのが嫌いだったな。母さんが誘っても、行こうとしなかった。それに、『同期の桜』の歌も嫌いだったな。何であんなに毛嫌いしたんだろう?  名古屋で新幹線を降りて、地下鉄に乗り、塩釜口で降りて、老人ホームの『古里』に向かった。  『古里』は、母親のかおりが癌で亡くなった後、急激に衰えた父親を心配した凜々子が、潔に「一人暮らしは無理だ」と、強く主張し、二〇〇四年の秋に見つけたホームだった。入居して半年経つが、親切なヘルパーさんたちが父親をうまく扱ってくれて、トラブルはまったくないと聞いて、潔は安心していた。  潔が訪れたのはこれで三回目。顔なじみになったヘルパーさんの谷涼子さんに様子を聞いた。 「お父さまは、ここの生活にとても慣れて、他の入居者さんともヘルパーさんたちともうまくやっていますよ。ただ……」 「ただ、どうしたんですか?」  谷さんは遠慮がちに言った。 「もうすぐ入居者さんたちが楽しみにしているお花見を嫌がるんですよ。でも、どうして嫌なのかは教えてくれないんです」  やっぱり、と潔は独り言ちた。 「そうですか。実は、父は昔からお花見が嫌いなんです。理由を聞いても教えてくれないんですよ」 「そうだったんですか。もちろん、こちらは無理強いはしませんので、当日はお加減の悪い方と一緒にここにお残りになれば済むんでけど。私どもとしてはみんなとお花見に行って楽しんでほしいのですが……」  潔は、この際父親にじっくり理由を聞いてみようと思った。 「わかりました。後で父親と話してみますね」 「それから、大したことではないのですが……」 「何のことでしょう?」
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