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ママは「やっぱり落ち着くわ~」と満足そうだけど、私は駅前のロータリに降り立った瞬間に絶望したよね。
おじいちゃんおばあちゃんの家もあるから、この街に来るのは初めてじゃない。でも遊びに来るのと住むのは全然違う。駅にはパルコもルミネないし、かといって逆にオシャレみたいなレトロ商店街もない。信用金庫とラーメン屋と、あとはパチンコとタクシーが場所を占めてる。一番残念なダサさだ。春からこんなダサいところに住むなんて、私の青春は真っ暗だ。
引っ越すのは当然だと思ってた。ケンカばかりのパパとママは早く別れればいいと思ってたし、そしたら私とママの二人で新生活だと思ってた。でも引っ越すとしても前の家の近くだと思ってた。
「これでもあなたの新学期に合わせたんだから」
ママは言う。私が中一の途中で転校にならないよう、二年生になる春に合わせてくれたのだ。別にいつでも良かったけど、一応ありがとうって言う。言うけど、タイミングの問題じゃない。ていうか転校することが問題なんじゃない。
駅前にも学校周りにも、この街には何にもない。お店も遊ぶ場所もないし、豊かな美しい大自然もない。家しかない。あと謎のローカルスーパーと、聞いたことないチェーンのドラッグストアと、お弁当屋さんしかない。生活はできるけど生活しかできない。この街に若者って存在してますよね?
流行りじゃなくたっていいものはいっぱいあるのよってママは言う。
でも流行って、おしゃれって、見た目のことだけど見た目のことだけじゃない。すごく気をつかって背伸びしてアンテナを張って頑張らないといけないものだ。すごく考えて悩んで選ばれたものたちなのだ。
ここにはそういうものがない。これがいい、じゃなくて、これでいいでしょっていうものしかない。
新しい中学校の制服の受け取りと、体育のジャージと体育館履きを買いに行くために、まだ引っ越しのダンボールがいっぱいの部屋から無理やり出てきた。
「転校生なんだから最初は前の学校の制服でも私服でも、怒られないとは思うわよ」
ママはそう言ってくれたけど、ただでさえ目立つ転校生という身分でそんな悪目立ち、絶対嫌でしょ。それなら休む。気を使ってくれるのは嬉しいんだけど、ママの気づかいポイントは私の気にするのとちょっとズレてる。
お店の場所をスマホで調べて、念のため入学手続きで使った書類をまとめてバッグに入れて、一人で家を出る。ママは留守番。早いとこママがキッチンのダンボールを開け終わらないとお茶も飲めなさそうだったからだ。毎日使うものと滅多に使わないものを一緒にダンボールに入れたせいだ。
外はもう寒くなくて、風が吹くと春の匂いがした。新学期の匂いだった。
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