第5話 逃した小鳥

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 次の週から、俄かに忙しくなった。  今まで、定時で帰るのが当たり前だったのに、顧客への対応を終えてから、カフェ開設の仕事に掛かると、どうしても『残業』ということになる。  もちろん、一人ではない。  鏑木さんと話を進めている。私は、事業なんてガラじゃないから、専ら扱う中身について、企画を立てているので、どうしても二人で検討する必要が出てくる。 「やはり、一度、お客様の反応を見てみたいですね。スペースだけは、有り余っていますから、仮設でもいいから、メニューを試してみたいです」 「使える場所はいくらでもあるね。100食限定とかにして、簡単なアンケートに答えてもらって…」 「だとしたら、スマホからの方が便利ですよね…」  考えることは、尽きない。やらなければならない事も、多すぎる。いくら時間があっても足りないくらいだ。 「問題は、料理人の確保だね。全くの『和食』って訳でもないから、ある程度、いろんな分野に精通している創作料理人…なんて人物がいれば、この企画は進むんだが…」 「それについては、心当たりがあります。連絡してみてもいいでしょうか」  伊達に家政大学を出ている訳じゃない。ぴったりの人物がいるのだ。ただ、少々変わっているのだが…。 「一ノ瀬さんにお任せしましょう。その方との交渉がうまくいったら、ここまでの内容を、GMの前で、プレゼンする必要がありますね。彼のOKが出ないと、先に進めない」  そうだった。せっかく順調に来たのに、アイツにぶち壊される可能性もあるんだ。  うーん、と頭を抱えてしまう。プレゼンなんて、やった事無い。 「大丈夫ですよ。僕は商社勤めでしたから、慣れてます。でも、この業界では全くの素人です。一ノ瀬さんの力が必要です。二人で頑張りましょう」  頼もしい限りである。何とか乗り切ってやる!  仕事漬けの日々でも、それが良いことにも繋がる。何と言っても、鏑木さんとの時間が増えた。知性溢れる紳士的なイケメンが側にいるってことで、私の『乙女心』が満たされる。仕事仲間としてはもちろんだが、女性として尊重されているって気がするのだ。海門によって、ズタズタにされ続けた自己肯定感が上がる!  それから、海門と顔を合わせないで済むこと。最初の頃のような、ニアミスもない。夕食もジムに配達してもらって済ませることが多い。帰ってお風呂に入って寝るだけ。朝もバラバラだ。  休日は、疲れ果てて、なかなか起きられない。その間に、海門は出かけてしまう。奴が出た後、もそもそ起き出して、掃除をする。お風呂場は海門、トイレは私。それ以外は、気付いた方がやる。実は海門が掃除していることが多い。私はそこまでマメじゃない。  もう、4月も半ば過ぎだ。今週、定時で帰った日はゼロ。こんな事、就職してから初めてのことだ。  やっと週末の土曜日。目覚めたら、10時過ぎていた。海門はもう出かけただろう。休日とて、家でグダグダしている奴じゃない。そんなことも、一緒に住んで初めて知った。  オートミールで簡単に朝兼昼ご飯を済ませて、洗濯と掃除にかかる。  リビングを片付けていたら、書斎から物音がした。 「…えっ?まさか、泥棒ってことはないよね…」  窓が開けっぱなしで、風が何かを倒した、とも考えられる。昼から雨の予報だ。吹き込まれるのはまずい。  そう考えて、そっと覗いてみることにした。  細く開けたドアの隙間から、中の様子を伺う。窓は開いてない。カーテンも閉まってる。泥棒が物色している様子もない。ベッドには…。 「な、何で?」  一番の想定外が居た。  …海門が寝ていた。
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