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第11話 燃えるばかりに…
「覚えていますか?僕が最初にここに来た日に、ここから一緒に施設を眺めましたよね」
そうだった。広大な施設を、案内するのが面倒で、横着してここから説明したんだっけ。
「昨日、鳳社長と話をしました。何故、あなたが海門の婚約者だったのか。政略結婚だったんですね。あなたが筆頭株主だと言うことも、初めて知らされました。だから、海門と結婚する必要があった」
「…そうです。でも、私がそれを知ったのは、2ヶ月前でした。海門が、緘口令を敷いていたので、誰も教えてくれなかった」
「それを聞いて、納得したんです。何で、あなたが自分の婚約者に、好きだと告白し続けるのか、疑問だったから」
ほの明かりに、鏑木さんの顔が浮かぶ。穏やかな表情で話している。
「何故、海門はあなたに黙っていたんでしょう」
「他の女の子と、遊んでいたかったから?私に、恋のチャンスをやったんだとも言ってましたけど…」
それを聞いて、彼は少し笑った。
「海門らしい、言い回しですね。でも、おそらく本音はそこじゃないでしょう」
じゃあ、何なのか?首を捻ってみたけど、答えは分からなかった。
「アイツは、いつも強気に振る舞ってるけど、あなたに対して、自信がなかったんだ。おそらく、お兄さんが結婚した辺りから、親達の思惑に気付いていた。あなたとの結婚です。でも、そこに至るまでは、まだ長い年月が必要だった。あなたの好きという気持ちに応えて、付き合って、やっぱり違うと言われて、心が離れてしまったら、二度と自分のところに戻って来ない。そうなるのが怖かったんじゃないかな」
驚いた。そんな風に考えたことも無かった。
鏑木さんの表情から、笑みが消える。真剣な眼差しで、私を見る。
「アイツは、あなたの『好きだ』という告白を聞く度に、ホッとして嬉しかったと思います。それに乗っかって、手を出すことは、簡単だったけど、決してそんなことはしなかった。あなたを大事に思ってたんです。誰よりも」
信じられない。
「翠さんは、どうして振られ続けても、告白したんですか?」
えっ…?
好きだから。
こっちを見て欲しいから。
ここにいることを分かって欲しいから…。
「多分、Yesの返事なんて、返って来なくてもよかったんじゃないですか?今の僕には、分かります。あなたと同じだから」
衝撃で胸が詰まる。自分でも気付かなかった、自分の心の内を、言い当てられたことに驚いていた。
自分の目に、涙が盛り上がってくるのを感じる。
鏑木さんの顔が、涙で滲んでよく見えない。
「あなたが好きです。たとえ、気持ちに応えてもらえなくても、他の人を好きでも、あなたが好きなことに、変わりはありません。何があっても、あなたの味方です。僕がここにいる事を、あなたを思っている事を、知っていてくれれば、それでいい。…翠さんも、同じだったんじゃないですか」
…その通りだったのかも知れない。好きだから、それでもよかったんだ。
それほど、海門が好きだった。
溢れる涙が、頬を伝う。
涙が、後から後から出てきて、止まらない。どうしよう…。
「ど…どうして、そんなことを言うんですか?」
やっとのことで、声を絞り出す。
鏑木さんが真っ直ぐに、視線を向ける。
「あなたは、一度も、僕を好きと言わないから」
あれ?そうだったっけ?
「あなたの『好き』は、海門のためだけの言葉なんです。きっと」
半欠けの月が、出ている。…はずだが、涙のせいで、全く見えない。
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