第4話 無二の友人

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第4話 無二の友人

 4月は、変化の月だ。  人事が刷新され、新たに様々な事が始動する。  それはこの『ポエニクス』も例外ではない。 「…以上が、今後の経営方針だ。そして、私のGM就任に当たって、後任人事を発表する」  海門が後ろを振り返る。リモート画面から外れた所に佇んでいた人物が、前に進み出る。 「新支配人の鏑木冬星(かぶらぎとうせい)だ。今後は、ジムの経営だけでなく、この施設全体の運営に関わってもらう」 「鏑木です。よろしくお願いします」  リモートの朝礼が終わった後、何か心に引っ掛かるものを感じて、しばらくぼーっとしていた。  その時、内線電話が鳴った。 「こちら、管理事務所です。一ノ瀬さん、至急執務室にいらしてください。GMがお呼びです」  アイツ、大した用でなかったら、怒りまくるぞ。ここから、事務所までは遠いんだ!  ノックして、執務室に入る。 「GM、お呼びでしょうか?」 「ああ、一ノ瀬、紹介しておく。これから、一緒に仕事をしてもらう。鏑木冬星。支配人というポジションだが、もっと広範囲に動いてもらうつもりだ」  えっらそうに!椅子にかけたまま、海門が言う。傍らにいた人物がこちらを見た。 「鏑木です。…一ノ瀬さん、覚えてないかな?」  えっと…何か、記憶にあるような気がして、引っかかっていたんだけど…。 「あっ!鏑木会長!お久しぶりです」  そうだ、思い出した。高校の時の生徒会長、鏑木冬星だ。海門の親友だった。サラサラの黒髪、銀縁眼鏡の知的で優しい優等生。一重の切長の目は、いつも眼鏡の奥で穏やかに、時に鋭く相手を洞察し、口元には菩薩のような笑みを湛えていた。  人望があり、生徒達から、絶大な信頼を得ていた。チャラい海門と違って、高校時代に浮いた噂一つなかった。好対照の二人が校内を歩くと、黄色い声が響いていたっけ。  あれから、10年。仕立ての良いスーツに身を包み、エリートの風格と大人の色気を漂わせていた。 「冬星は、アメリカのスタンフォード大学を卒業して、去年まで外資系商社に勤めていた。力を貸して欲しいと頼んで、ヘッドハンティングしたんだ」 「よろしく。これから、一緒に仕事をすることになるね」  右手を差し出す。握手もスマートだ。 「こちらこそ、よろしくお願いします。…よく、私のことなんて、覚えていましたね」  鏑木さんは、柔らかく微笑み、 「そりゃあ、『(はがね)の心臓』一ノ瀬翠って、僕たちの間で、有名だったからね」 と言った。  穴があったら、入りたかった。  思わず、海門を睨む。何の為に私を呼んだんだよ! 「冬星には、今度開店するカフェの企画・運営を任せたんだ。お前も管理栄養士として、全面的に関わってもらう」 「えっ、だって今、ジムの方の仕事があって…」  異議を唱えようとすると、ギロっとこちらを睨んだ。 「お前な…、今やってる仕事内容考えてみろよ。顧客の栄養管理に関するパーソナルトレーナーへの助言と、日に2件程度のカウンセリングだけだろ。たったそれっぽっちの仕事で、破格の給料貰ってんのは、お前くらいだ。人並みに給料分…とまでは言わないが、せめて半分くらいの仕事はしろよ」  ナンだと?!失礼な奴!でも、そう言われてみれば、緩かったのかな?今まで、楽させてもらってたってことなのか? 「冬星、コンセプトは、さっき話した通りだ。メニュー開発その他、コイツと決めてくれ。企画が進んだら、実行部隊を付ける」 「と言う訳だけから、よろしく、一ノ瀬さん」  鏑木支配人は、にっこりと微笑んだ。  さあ、大変なことになっちゃった。  私、恋愛する暇、あるのかな…。
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