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「一ノ瀬さん、もし今時間があったら、簡単に施設を案内してくれませんか?」
「はい。午前中は、予約が入っていませんので、大丈夫です」
鏑木支配人の、スマイルに引き込まれて、うっかりOKしてしまったが、ここの施設は、バカ広いのだ。歩いて回ったら、翌日の筋肉痛は、免れない。
そうだ!と思いついて、一緒に屋上へ上がった。
「あの山裾にあるのが、グランピング施設です。奥に人工湖があって、景色は最高です。もう少し上にあるのが、キャンプ場です。ここから見えない林の中にもサイトがあります。この建物の向かい側にあるのが、温浴施設です。入浴施設は大浴場と露天風呂、それだけでなく屋内プール、サウナもあります。その隣が、トレーニングジムです。…私は、そこでカウンセラーをしています。鏑木支配人の執務室はそこにあるんですが、先の話を聞いていると、こちらでの仕事が多くなりそうですね」
遠くを目を細めながら、眺めている。
「この建物も、だいぶ大きいですね」
「はい。1、2階はショップです。自社製品だけでなく、提携各社のアウトドア関連の商品が購入できます。カフェの開設は、この建物内なんでしょうか?」
私を振り返って、答える。
「ええ。GMは、ここの催事スペースをそれに充てる考えです」
なるほど、新作のイベントなどに使っているだけだから、有効活用するつもりなんだろう。
「一ノ瀬さんのお父様は、この会社の創立者なんですよね」
「はい。海門のお父様と一緒に。3年前に亡くなりましたが」
鏑木支配人は、顎に手を当てて、考えているようだった。
「会社の経営は、海門の父親が任されてたようですね。ここの製品のロゴは、フェニックスがデザインされてる。フェニックス、ラテン語で『ポエニクス』。鳳凰…『鳳』か…なるほどね」
全く知らなかった…。
東風が、屋上に吹き上げる。整えられた彼の髪を乱す。その髪に手をやる仕草が、洗練されているのに艶っぽい。
「創立者の子であることには、変わりないのに、ずいぶん、海門は一ノ瀬さんをこき使うんですね」
GM呼びが、いつの間にか、変わっていた。
「今までが、楽すぎたんでしょうね、きっと。私なんかが、お役に立てるかわかりませんが、よろしくお願いします」
「こちらこそ。では、ジムに顔を出して、ご挨拶させてください」
見る者を魅了する微笑は、10年前と変わっていなかった。
いや、10年前より、ずっと魅力的だ。大人の男としての、自信に裏打ちされた笑みだ。思わずときめいてしまった。
もしかして、これって、恋が始まる予感なのかも!
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