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海門は朝が早い。
大抵は、私がまだベッドで夢の中にいるうちに、出勤してしまう。きっと、今の仕事に就いたばかりで、いくらやっても、仕事が追いつかないのだろう。
まだ、一緒に暮らし始めて数日だが、向かい合って食事をすることもない。そうなったら、そうなったで、どっちが作る事になるのだろう。
「アイツの食事なんか、絶対に作ってやらない!」
今度、そういうことになったら、高らかに宣言してやろう。っていうか、実家でも、ほとんど作ったことはなかった。母が居たし、自炊の必要がない。キャンプ用品の会社にいても、基本的にアウトドアは苦手だったので、幼い頃ならともかく、大きくなってからは、キャンプに行く事もない。故に、キャンプ飯も作れない。
もそもそ起き出して、キッチンに行き、食パンを一切れトースターに入れ、冷蔵庫から牛乳を取り出して、コップに注ぐ。
はい、おしまい。
昼は、今まで母が作るお弁当を食べていた。このところは、仕方ないのでコンビニで買う。母のお弁当は、きっと再婚相手が美味しくいただいているんだろうな。
「メシはさておき、掃除の分担は決めておかないとな…」
ルンバは、トイレや風呂場までは掃除してくれない。
部屋を出る時、玄関近くに置いておいた段ボールの束が消えているのに、気がついた。
「…ここに置いておくと、自然に無くなるのか、便利!」
な、はずないか。海門が、出してくれたんだろう。
…だから、どうした。感謝なんかしないぞ。
今日のお昼は、鏑木支配人と『ビジネスランチ』の予定だ。昨日のうちに、近くのイタリアンレストランに予約を入れた。鏑木支配人と二人だけでは、心臓が保ちそうになかったので、薫子を拝み倒した。
近いと言っても、車で移動しなければならない。住宅街の一角にその店があった。
「それで、今回開設するカフェですが、ターゲットとしては、やはり施設を利用してくださるお客様になりますね。スパやジム、グランピングとか…」
パスタを口に運びながら、鏑木さんが話す。
「ショップに併設するので、アウトドア関連のお買い物をする方もでしょうね」
私が答える。
「スパやジムを利用される方は、休日の昼間か、平日の夜に集中します。その方達にご利用いただくことを考えると、やはり健康志向が外せないでしょうね」
薫子が、トレーナーとしての考えを述べる。
「そうだね。GMも、そうお考えだ。私は、まず自分の目で、この施設の客層を確かめたい。この後、ジムのデータを確認したいので、城島さん、お願いします」
「はい。承知しました」
「それで、一ノ瀬さんにもお願いがあるんですが…」
「はい、何でしょう?」
「明日の土曜日、施設の全てを見て回りたいんです。お付き合いいただけますか?」
これは、断れない!うん、絶対に断れない!
「はい!もちろんです」
休日出勤なんて、滅多にない。でも、家に居れば、海門と顔を合わせなければならない。それは、嫌だ。
それに、チャンスかも。
「喜んで、視察にお供いたします」
『視察』の文字は、私の中で、『デート』に変換された、当然のことながら。
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