第1話 邪智暴虐なアイツ

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第1話 邪智暴虐なアイツ

 新緑が目に眩しい。そこから感じられるのは、生命力の底知れぬパワーだ。  だとしたら、自分にこれから、葉を広げ、花を咲かせ、実を結ぶだけのパワーが残されているのか。甚だ疑問である。 「何分かりやすく落ち込んでるんですか!そろそろ水野様が、カウンセリングにいらっしゃる時間ですよ。大丈夫ですか?」  薫子の叱責にハッとする。年下なのに、私よりしっかりしてる。薫子は、この『ポエニクス』のパーソナルトレーナーとして中途採用されて、2年の間にその有能さを遺憾なく発揮し、今やこのジムに無くてはならない存在になっている。 「部屋の準備はしておきますから、時間にはお出迎え、お願いしますよ」  そう言い残して、さっさとトレーニングジムへと去って行った。  身長175センチの後ろ姿が、カッコいい。鍛え抜いた抜群のプロポーションだ。  見送って、またそっとため息を吐く。 「勤労意欲が…湧かない…」  だって、振られた相手が、ここの支配人だもの…。 『ポエニクス』は、元々はアウトドア用のテントメーカーだ。  創業者は、鳳宗吾と一ノ瀬毅。海門と私、それぞれの父親だ。高校時代からの親友同士が、脱サラし、潰れかけた縫製工場を買い取って始めた事業だ。体育祭で目にするようなテントから、キャンプ用のテントまで広く扱っていた。元々山岳部に所属していた二人だったので、個性的な玄人好みのテントを作っては販売していたのだが、国内産の信頼できるメーカーとして、十数年前から少しずつ知名度が上がり、昨今のキャンプブームで火が点いた。  やり手だった海門の父は、その機に乗じて、一気に事業を拡大した。工場を増やし、会社を大きくし、スポーツ関連事業にも乗り出した。私の父は、職人気質で、経営に向いているタイプではなかったので、開発者として会社を支えていたが、3年前に心筋梗塞で他界した。  私が管理栄養士として働いているこのジムは、『ポエニクス』の事業拡大の一環として造られた、アウトドア関連の総合施設だ。  この地は、首都のベッドタウンで、そこそこ余裕のある人々が、マンションや一戸建てに暮らしている。大規模な商業施設があったり、ちょっとした高級志向を持つ人の心をくすぐる、ブランド店が並ぶアウトレットモールもある。  けれども、ちょっと目を上げればそこには、山が迫っており、人工湖もある。この立地に目をつけて、山続きの広大な土地を買い取り、キャンプ場を作り、グランピングや温浴施設、果てはスポーツジムまで作ってしまった。  そして、ここのジムのマネージャーに収まったのが、鳳社長の次男、鳳海門だ。おかげで、私も職探しに苦労することはなかった。
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