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肩で息をしながら、鏑木さんを案内する。
「もう少し奥に行くと、眺めの良い場所があります。そこに行きましょう」
そこは、眼下に人工湖を望める場所だ。ベンチがいくつか置いてある。周囲は今が見頃の桜に囲まれている。
「…すごいね。こんなに眺めがいいのに、人が少ない」
それは、宿泊客しか入って来れないからだ。もうしばらくすると、チェックインを終えた客がやって来る。
ベンチに並んで座り、
「どうぞ」
と言って、ペットボトルの水を差し出す。
他にも、昼食用にサンドウィッチを用意してある。大きな荷物はそのためだ。仮にも『管理栄養士』、役に立つところを、上司にアピールしなければ。
まあ、今まで、そんなコト、考えた事もなかったが。
鏑木さんの為に、早起きしてこっそり作った。もちろん、海門の分は無い。
全粒粉のハード系のパンを薄くスライスして、野菜とハムを挟んだ。ごく一般的な何の変哲もないサンドウィッチだが、これでも頑張ったんだぞ。
鏑木さんに差し出したら、驚き、喜んでくれた。
二人で並んで、サンドウィッチを頬張る。
「とても美味しいです」
鏑木さんの言葉、お世辞でも嬉しい。
「このサンドウィッチを作ってて考えたんですけど、健康志向ってなると、ジムに通っている方は、体型維持のため糖質制限されている事が多いですね。そうなると、メニューは和食を中心に、アレンジしたものがいいんじゃないかと思うんです。カロリーも糖質も考えて」
「なるほど。このキャンプ場や、グランピングのお客様は、13時以降じゃないと入場できない。その方達に昼食を召し上がってもらう、という事も視野に入れたいですね」
「お昼を食べ終わったら、そろそろ時間です。客層を見て回りますか」
何か、お仕事っぽい話してる!と、ちょっと誇らしく思う。
海門には、馬鹿にされたが、私だってやる時はやるんだ。
「ここは素敵な場所ですね。自然が優しく美しい姿を見せてくれる。自分の悩みなんて、ちっぽけだと思えてくる」
鏑木さんが、メガネの中の目を細めて呟く。憂いを帯びた表情にドキンとする。…かっこいい。
その後、あちらこちらと見て回って、車に戻り、温浴施設に向かった。
まずは、屋内プールに行くことになり、更衣室の前で別れた。
「問題は、これなんだよなー」
自分の水着姿を見て、あまりの残念さに、ため息を吐く。
今まで、男とプールでデート!なんて経験があるわけないじゃないですか!
唯一、持っていた水着は、大学の頃の物で、胸に小さなリボンが付いていなければ、ほぼスクール水着だ。…恥ずかしい…。でも、急だったので、間に合わなかった。第一、季節が違うから、売り場に並んでいないもの!
すっぽりとタオルにくるまって、プールサイドに向かう。
休日ということもあり、コースを泳ぐ人、プールサイドで休む人、私が目立たない程度に人がいた。
プールサイドに、鏑木さんを見つけて、近寄っていく。
水着姿もかっこいい。いわゆる細マッチョというやつかな。シュッとしていて、もちろんお腹なんて出ていない。海門ほど、筋肉は付いていないが、だからこそ知的に見える。
「お待たせしました」
「やあ。見て、あそこのコース」
鏑木さんが指す方向に、目を向ける。綺麗なフォームで水を掻く、クロールの男性…って、ん!
「何でアイツがここにいるのよ!」
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