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海門は、コースを泳ぎ切り、プールサイドにいる連れと話をしている。ジムでトレーナーをしてる、五十畑純平くんだ。彼が、こちらを指差す。
鏑木さんが、そっちに歩き出したので、仕方なく付いて行く。
水の中から、海門が声を掛ける。
「よう、どうしたんだ、こんなとこで」
「支配人として、休日の客足を見ておこうと思ってね。翠さんに案内してもらってるんだ」
海門が、じろっとこちらに視線を向ける。何だか値踏みされてるみたいで、居心地が悪い。
「支配人、初めまして。トレーナーの五十畑と申します。先日は、研修先に出向いていて…」
二人の挨拶の交換が始まったのをよそに、海門が私に話し掛ける。
「休日に、仕事の為にこんなとこまで来るなんて、いつになく仕事熱心じゃないか」
「いいじゃない。勤労精神に目覚めたの。ほっといて」
「ふーん。…上がるから、手を貸してくれ」
海門が右手を伸ばす。
えっ?私に言ってるのか?
仕方なく、その手を取ると、グイッと引かれた。
…何?!
次の瞬間、派手な水飛沫を上げて、プールに落ちた。
水に潜ったところを、海門に抱え上げられた。
「ははっ!のぼせた頭が、少しは冷えたんじゃないか」
いたずら成功!とばかりに、喜んでいる。
「アンタってやつは…バッカじゃないの!!」
水の中で、海門の腕に抱きしめられる形になる。
海門の肌に、私の素肌が直接触れる。ゾクンっと体の奥が脈打つ。
「海門!ふざけすぎだぞ。…翠さん、捕まって」
鏑木さんの差し出した手を掴んで、引っ張り上げてもらう。
体にタオルをかけてもらって、プールを後にした。
その後、大浴場で温まってから、帰途に着いた。
「翠さん、今日はどうもありがとう。おかげで、色々見えてきた事があります。月曜日から、どんどん話を詰めていきましょう。貴重な休日、一日中付き合ってもらって、すみませんでした」
「いいえ、支配人、こちらこそお世話になりました」
鏑木さんがクスッと笑う。
「『支配人』に戻ったね」
「あ、いえ、冬星さん…、おやすみなさい」
白のBMWが、去って行くのを見送る。
はあー…。気が張っていたのかも。ドッと疲れが押し寄せた。こんなにも長い時間、異性と二人きりって経験がないもんだから。
よろめきながら、部屋に入る。
リビングのソファーに、寝転んでいた海門が、
「お帰り」
と、言う。
「ただいま…って、海門!アンタ、何であんな所に現れて、邪魔すんのよ!」
私を見て、ニヤリと笑う。
「せっかく水着を着ているのに、見せようとしないから、お披露目の機会を作ってやったのさ。結果として、鏑木に見てもらえたじゃないか。しっかし、あの水着はないわな。中学生のスクール水着じゃんか」
余計なお世話だ!
もう、コイツと会話してると、腹ワタが煮え繰り返る。
さっさと部屋に戻ることにした。
歩き出した私の背中を、海門の声が追いかける。
「お前、意外と胸、あるんだな」
「…こ、このセクハラ男!」
言い捨てて、ドアを思いっきり閉めた。
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