第5話 逃した小鳥

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 気配に気付いたのか、海門が寝返りを打つ。目を瞑ったままだが、何だか、いつもと様子が違う。顔と首筋が赤く火照っている。息遣いも荒い。 「もしかして、熱があるの?」  返事はない。どうしたものか、しばらく逡巡する。  ほっとくか、どうするか。誰かを呼ぶにしても、一緒に住んでいる事は、秘密なので、できないし…。 「非常事態だ。仕方ない」  禁を破って、部屋に入る。 「海門、どうしたの?具合悪いの?」  そっと、近づく。まだ目を瞑ったままだ。私の言葉に、反応しない。呼吸が辛そうだ。  熱が高いのかもしれない。恐る恐る、海門の額に手を伸ばす。  次の瞬間、海門の右手が動いた。  あっと思ったと同時に、右肘で顔を覆い、私の手をブロックする。  えっ? 「…指一本、触れない、約束だぞ…」 「ね、ねっ熱を見ようとしただけよ!」 「熱は、ある。関節が痛い。疲れが出たみたいだな」  額に自分の右手の甲をつけて、海門が苦しげに答える。 「だから、どれくらい…」  再び、手を伸ばそうとすると、腕の下から、私を睨んだ。 「…ダメだって…」  コイツ、何、言ってんの?!  私の手は、行き場を失って、空中を漂う。 「何よ、アンタ、この間、プールで私を触ったじゃない!」 「馬鹿、外は別だよ。人がいる。…でも、二人きりのこの家で、お前に触れたら…、俺は自分を止める自信がない」  熱に潤んだ目で、じっと私を見る。  思わず、一歩飛び退いた。 「無事でいたけりゃ、出ててくれ。…それとも、するか?セックス。運動して、汗をかけば、熱は下がるって言うし…」 「馬鹿!変態!心配して損した!!」  慌てて、書斎を飛び出した。  あーっ!!もう!心臓に悪い。  自分の鼓動が、リビング中に響き渡っているみたい。  なんて事、してくれるんだ!  こっちは、アイツを意識しないで生活することに、やっと馴染んできたとこなのに、何で、そういう思わせ振りをするのかな!  熱で頭がイカれちゃってるんじゃないの?  誰のせいで、忙しい日々を送ってると思ってんだ。こっちはそのせいで、外に目を向ける暇も無いんだぞ!  沸騰している頭と心臓を冷やすのに、ルンバがリビング内を掃除し終わるまでかかった。  …このまま、放置する訳にもいかないよな…。  仕方なく近所の薬局で、薬とアルカリイオン飲料と熱さましシートを大量買いして来た。  書斎のドアを細く開けて、中に放り込む。  しばらく、様子を伺っていると、中から、 「…サンキュー」 という海門の声が聞こえた。    本当は、ショッピングに出かけるつもりだったのだが、病人を一人置いていくのも、気が引ける。  仕方なく、寝室で読書したり、気配がない時は、リビングで仕事したりして過ごした。  夜になって、さあ、夕飯をどうしようかと、キッチンでうろうろしてたら、海門が書斎から出てきた。  まだ、熱っぽい顔をして、目が虚ろだ。 「食欲は?」  とりあえず、聞いてみる。 「あんまり無い。汗かいて気持ち悪い…」 「シャワーを浴びて、着替えたら?さっぱりするから」 「…ああ」  あら、素直。  その間に解凍したご飯で、雑炊を作った。  ここのダイニングテーブルは、とても大きい。ちょっと、離れて座り、一緒に雑炊を食べる。 「食べたら、薬飲んで、寝なさいよ」 「ああ。…ここで、二人で飯食うの、初めてだな」  海門が、力が抜けたように呟く。 「そうね…」  立ち上がって、食器を片付ける。  海門も立って、書斎に向かう。  ドアノブに手を掛けて、私を見る。 「…ありがとう。美味かったよ」  ずいぶん、殊勝じゃないか。でも、騙されないぞ。 「ふんっ…おやすみ」  攻撃的な(おす)の顔を見せたかと思うと、気弱な様子で距離を詰めてくる。  嫌いなはずなのに、そんな海門に翻弄されている自分が、とても、
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