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気配に気付いたのか、海門が寝返りを打つ。目を瞑ったままだが、何だか、いつもと様子が違う。顔と首筋が赤く火照っている。息遣いも荒い。
「もしかして、熱があるの?」
返事はない。どうしたものか、しばらく逡巡する。
ほっとくか、どうするか。誰かを呼ぶにしても、一緒に住んでいる事は、秘密なので、できないし…。
「非常事態だ。仕方ない」
禁を破って、部屋に入る。
「海門、どうしたの?具合悪いの?」
そっと、近づく。まだ目を瞑ったままだ。私の言葉に、反応しない。呼吸が辛そうだ。
熱が高いのかもしれない。恐る恐る、海門の額に手を伸ばす。
次の瞬間、海門の右手が動いた。
あっと思ったと同時に、右肘で顔を覆い、私の手をブロックする。
えっ?
「…指一本、触れない、約束だぞ…」
「ね、ねっ熱を見ようとしただけよ!」
「熱は、ある。関節が痛い。疲れが出たみたいだな」
額に自分の右手の甲をつけて、海門が苦しげに答える。
「だから、どれくらい…」
再び、手を伸ばそうとすると、腕の下から、私を睨んだ。
「…ダメだって…」
コイツ、何、言ってんの?!
私の手は、行き場を失って、空中を漂う。
「何よ、アンタ、この間、プールで私を触ったじゃない!」
「馬鹿、外は別だよ。人がいる。…でも、二人きりのこの家で、お前に触れたら…、俺は自分を止める自信がない」
熱に潤んだ目で、じっと私を見る。
思わず、一歩飛び退いた。
「無事でいたけりゃ、出ててくれ。…それとも、するか?セックス。運動して、汗をかけば、熱は下がるって言うし…」
「馬鹿!変態!心配して損した!!」
慌てて、書斎を飛び出した。
あーっ!!もう!心臓に悪い。
自分の鼓動が、リビング中に響き渡っているみたい。
なんて事、してくれるんだ!
こっちは、アイツを意識しないで生活することに、やっと馴染んできたとこなのに、何で、そういう思わせ振りをするのかな!
熱で頭がイカれちゃってるんじゃないの?
誰のせいで、忙しい日々を送ってると思ってんだ。こっちはそのせいで、外に目を向ける暇も無いんだぞ!
沸騰している頭と心臓を冷やすのに、ルンバがリビング内を掃除し終わるまでかかった。
…このまま、放置する訳にもいかないよな…。
仕方なく近所の薬局で、薬とアルカリイオン飲料と熱さましシートを大量買いして来た。
書斎のドアを細く開けて、中に放り込む。
しばらく、様子を伺っていると、中から、
「…サンキュー」
という海門の声が聞こえた。
本当は、ショッピングに出かけるつもりだったのだが、病人を一人置いていくのも、気が引ける。
仕方なく、寝室で読書したり、気配がない時は、リビングで仕事したりして過ごした。
夜になって、さあ、夕飯をどうしようかと、キッチンでうろうろしてたら、海門が書斎から出てきた。
まだ、熱っぽい顔をして、目が虚ろだ。
「食欲は?」
とりあえず、聞いてみる。
「あんまり無い。汗かいて気持ち悪い…」
「シャワーを浴びて、着替えたら?さっぱりするから」
「…ああ」
あら、素直。
その間に解凍したご飯で、雑炊を作った。
ここのダイニングテーブルは、とても大きい。ちょっと、離れて座り、一緒に雑炊を食べる。
「食べたら、薬飲んで、寝なさいよ」
「ああ。…ここで、二人で飯食うの、初めてだな」
海門が、力が抜けたように呟く。
「そうね…」
立ち上がって、食器を片付ける。
海門も立って、書斎に向かう。
ドアノブに手を掛けて、私を見る。
「…ありがとう。美味かったよ」
ずいぶん、殊勝じゃないか。でも、騙されないぞ。
「ふんっ…おやすみ」
攻撃的な雄の顔を見せたかと思うと、気弱な様子で距離を詰めてくる。
嫌いなはずなのに、そんな海門に翻弄されている自分が、とても、嫌だ。
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