第6話 そっとほくそ笑むのは…誰?

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第6話 そっとほくそ笑むのは…誰?

 翌日の日曜日、私は出掛けなければならなかった。鏑木さんとカフェに行くのだ。  市内に、評判のカフェがある。こことは少し離れているが、郊外にあるのに、常に満席らしい。そこでランチの予定なのだ。ついでに、今回の料理人候補を呼んである。鏑木さんに紹介するためだ。    病人は、のっそりと10時ごろ起きてきた。  昨日より、顔色が幾分マシだ。 「…腹減った…」  食欲も出てきたらしい。海門のために作っておいた、中華粥と鶏と大根のスープを食べさせる。  その間に、書斎の窓を開け、空気を入れ替え、シーツと枕カバーを替える。美也子ちゃんがリネン類までちゃんと用意してくれていた。ありがたい。  海門が着替えた衣類共々、洗濯乾燥機に放り込む。  そんなことをしていたら、約束の時間になってしまった。食洗機をセットしてから、ダイニングテーブルで薬を飲んでいる海門に言う。 「私は、これから鏑木さんと出かけるの。もう一人で大丈夫でしょ。夕方には帰るから、それまで寝てなさいよ。夕飯は消化の良い物、何か作るから」 「…うどんが食べたい…」 「分かった。帰りに買い物してくる」 「冬星とデートなのか?ずいぶん親密だな」  海門が、ちょっと上目遣いにこっちを見る。 「カフェの視察よ。来週中には、アンタにプレゼンしないとね。いつになっても、オープンできないわ」 「ふーん…。まあ、期待してるから、頑張れよ」  なんだ?コイツ、いつになく真面目じゃないか。励ましなんて、高尚なことができたんだ。驚きだ。ナンカ調子が狂う。  鏑木さんの車に乗って、カフェに向かう。  今日は、ちょっとおしゃれをしてみた。お気に入りのミントブルーのワンピースと甘めのジャケット。テンション上がる! 「春らしくて、素敵ですね」  すかさず褒めてくれる。さすが、鏑木さん。『乙女心』を分かってらっしゃる。海門とは大違いだ。  到着したカフェは、休日の昼ということもあり、混んでいたが、予約をしていたので、すんなり入れた。奥の窓際の席に案内される。 「こんな感じの内装がいいなと思ってるんですけど、いかがでしょうか」  鏑木さんが、店内を見回しながら、言う。  今回、予定している場所より、こっちの方がやや広い。でも、ソファー席があること、テーブル席の椅子の感じ、間隔の空き方、調度品や照明など、今回のカフェにぴったりだ。  さすが、鏑木さん。お目が高い。    感心していると、お待ちかねの人物が登場した。  入り口から、こちらに真っ直ぐにやってくる。  相変わらずの黒づくめ。黒のスプリングコートの裾を、颯爽と翻し、大股でカツカツっと歩いてくる。その圧倒的な存在感で、周囲のお客が目を見張る。  173センチの長身にヒール。サングラスを外して、私たちを見下ろす。  次の瞬間、満面の笑みで、両手を差し出す。 「姫、久しぶり!会いたかった!抱きしめてもいいか?」  慌てて、立ち上がる。 「待って!まず落ち着こう。紹介させて。こちらは私の上司、支配人の鏑木冬星(かぶらぎとうせい)さん。鏑木さん、私の大学の友人で、不破夏樹(ふわなつき)さんです。大学卒業後、調理師の専門学校に進み、その後、料亭で働いた経験もある料理人です」  鏑木さんが立ち上がったが、目線は夏樹の方がやや上だ。顎を持ち上げて、相手を見下ろす。  その立ち姿は、まるで宝塚の男役だ。目鼻立ちがはっきりとした美女。細面の顔に、漆黒の髪はショートカットだ。その鈴を張ったような目で、鏑木さんを睨み付ける。 「鏑木です。初めまして」  夏樹の切り裂くような視線にたじろぎもせず、向かい合っている。さすがの貫禄だ。 「不破です。姫がどうしてもと言うので、来たのだが…。二人、付き合ってるとかは、無いよね」 「無い無い無い!」  全力で否定する。鏑木さんは、にっこりと微笑んでいるだけだ。  まずは、全員着席。 「夏樹、来てくれてありがとう。今回、どうしても力を貸して欲しいの」 「姫の頼みとあらば…」 「その『姫』は一旦やめようね。あ、これは夏樹限定の私のあだ名です。気にしないでください」  鏑木さんが、キョトンとした表情から戻って言う。 「今回、不破さんにお願いしたいのは、我が社の鳳海門GMの発案で…」  夏樹が、ぎろりと目を剥く。 「鳳海門…」  あ、それ、夏樹の前では、NGワードです…。言うのが遅かった。  どうしよう。波乱の予感しかない。  
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