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「アイツ、性懲りも無く、まだ姫の周りをウロチョロしていたのか!」
いや、それはやむを得ないから。
「だって、親同士が設立した同族会社ですもの。そりゃあ、居るに決まってるわよ」
「許せん!大学時代に、姫の告白を3度も断ったヤツだぞ。思い出すだけでも、腹わたがねじくりかえる…」
わー!!それをここで、鏑木さんの前で言っちゃダメだって!
「えっ?大学時代に3度?高校時代にも、3回くらい告白してたよね。じゃあ、計6回も海門に振られたってこと?」
いいえ、もっとです。途中で数えるの、止めました。直近は、一月前です。…なんて、言えるはずがない。
ほら、見ろ。鏑木さんが目を丸くして、驚いてるじゃないか。
「ははっ、若気の至りってヤツですよ…。もう、今は、サラサラそんな気はありません。魔が差したって言うんでしょうか、どうかしてたんでしょうね。私の黒歴史です。お願いですから、忘れてください」
必死で、言い繕う。
「そいつのために、働けっての?」
「いいえ、言葉が足りずに、失礼しました。今回のカフェの開設は、私の管轄の下で行っているもので、一ノ瀬さんには、専門家の立場から、助言を頂いてる状況です。今回、最適な料理人として、推薦して頂いたのが、不破さんでして、どうか、ご協力いただけないでしょうか」
さすが!流れるような、話し振り。うっとりと聞き惚れてしまう。
と、思ってるのは、私だけのようで、夏樹はまだ、不信感を露わにして、鏑木さんを見てる。
そして、徐ろに口を開いた。
「高校時代を知ってるってことは、アイツとどういう関係?」
あー…。まずいかも。
「高校の同級生で、友人です」
ギラリと夏樹の目が光る。
「ふーん。と言うことは、同じ人種ってことか…」
「…と、言いますと?」
鏑木さんの、メガネの奥の切長の目が、穏やかじゃない色に変わる。
「人に対する礼儀も思いやりも無い、傲慢で自分が地球を回してるって思っている、鼻持ちならない冷血な男ってこと」
夏樹、言ってくれちゃった。それも、本人を前にして。
こりゃ、さすがの鏑木さんも、怒るだろうな…。
少しの間、沈黙する。
が、変わらない穏やかな表情で、鏑木さんが話し始めた。
「そうですね。自分の中に、そう言う部分が全くないとは言い切れない。もちろん、海門についても。ですが、海門は、ああ見えて、情に厚く、困っている者を見捨てられない優しさがあります」
私たちに聞かせる、と言うより、自分自身に話すように、静かに語る。
「実は、私はこちらの会社で4月から働き始めたばかりです。以前の会社で、離婚の痛手から立ち直れず、仕事に支障が出てしまい、会社に大きな損失を与える、取り返しのつかないミスをしてしまった。事実上の解雇です。そんな私に手を差し伸べてくれました。『助けてほしい。一緒にやってくれ』って言って」
私を見つめる。
「ヘッドハンティングなんかじゃないんです。あれは、海門の優しさです。私は、それに応えたい」
夏樹の方に向き直り、真剣に訴える。
「あの若さで、責任ある立場に就いた海門にとって、今、正念場なんだと思います。自分だけでなく、会社にとっても。私は、彼を全力で支えたい。どうか、ご助力願えませんでしょうか」
しばらくの間、沈黙が続いた。
夏樹が凛と、顎を上げる。
「アンタが正直な人間だと言うことは、分かった。姫が私に会わせるってことは、アンタのことを信頼しているんだということも」
私を見て、にっこりと笑う。
「私が姫の頼みを断るはずないだろ。それに、もう今の職場には辞めるって言ったもの」
えっ?
「今の職場って?」
鏑木さんが尋ねる。
「都内の高級フレンチです」
私が、半ば呆れながら答える。
「いいじゃないか。姫と一緒に働けるなんて、こんな機会を逃す訳ないし、それにあの男に『まいった』と言わせてやりたいもの」
はあー…。疲れる…。
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