第6話 そっとほくそ笑むのは…誰?

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 帰りの車の中、鏑木さんはあまり饒舌ではなかった。  私も、いろいろ考えることだらけで、自然と口が重くなった。  何となく、気まずいのは、別れ際のやり取りがあったからだ。  あの後、3人で今後の予定を擦り合わせた。店を出た所で、夏樹が鏑木さんを急に呼び止めた。 「言い忘れた。一つだけ条件がある。アンタが、姫、いや、翠に私的な感情を抱かないこと。あくまでも、仕事仲間として、その範疇を超えないこと。私は、翠が傷つくのを見るのが、我慢ならない。学生時代散々見てきたからな。だから、約束して欲しい」 「夏樹、何言ってんのよ。鏑木さんに失礼よ。そんなことになる訳ないじゃない」  私の言葉を遮って、鏑木さんが言葉を発する。 「いや。不破さんの言うのは、最もだ。僕も、一ノ瀬さんが、心を乱すような原因になることは、避けたいと思う。職場としては、当然のことだ」 「じゃあ、わかって…」 「しかし、約束はできない」    えっ? 「翠さんは魅力的な女性だ。この先、自分が翠さんに、恋愛感情を持たないなんて、確約できるはずがない。好きになることを止めるなんて、できない。僕は、生身の男だ。枯れ果てた老人じゃないんだから」  それを聞いて、夏樹はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。 「言うじゃない。でも…気に入った」  …絶対に、海門と一緒に住んでるなんて、知られちゃいけない。  大変なことになる。  マンション近くのスーパーが見えて来た。 「あ、私、買い物があるので、ここで結構です」 「じゃあ、駐車場に入れますね」  白のBMWから、降りる。 「今日はありがとうございました」 「翠さん!」  鏑木さんが、去ろうとした私を呼び止めた。振り向くと、車から降り立っていた。 「…いえ、お疲れ様でした。明日から、またよろしくお願いします」  軽く会釈をする。  私も会釈を返して、店に向かって歩き出した。振り向くのは怖くて、できなかった。  明日から、どんな顔をすればいいか、困ってしまうから。  海門が、おでこに熱さましのシートを貼り付けたまま、私の目の前で、美味そうにうどんを啜っている。  全く、コイツのせいで、立てなくてもいい波風が立つ。 「熱、下がったんでしょ。何でまだ貼ってるの」 「あ、これ、気持ちいいんだ。癖になる」  もう、馬鹿。ガキみたい。  でも… 「海門、アンタ、いつもちゃんと食べてるの?」 「そうだな。朝は食べない。昼は、食べたり食べなかったり。時間がない時は、プロテインを飲むだけ。夜は、外食だね、基本的に。酒だけの時もある」 「ずっと、そんなんだったの?」 「以前は、ちゃんと作って食べてたけど、4月になってから、余裕がなくなった」  呆れた。倒れるはずだ。  仕方ない…。 「これから、私も早起きするから。早起きして、朝ご飯作るから、一緒に食べましょう。昼は、余裕があれば、お弁当、作る。余裕があった時だけね。カフェができるまで。カフェができたら、運ばせればいいじゃない」  海門が、驚いて目を丸くしている。 「そりゃ、ありがたいけど…。いいのか?」 「アンタに倒れられると、こっちが困るのよ。その代わり、リビングの掃除とゴミ出しは、全面的にアンタね」 「了解。助かるよ」  歯を見せて、ニカっと笑う。  全く、自分のお人好しに呆れる。  でも、しょうがない。今、コイツが潰れると、周りに負担が掛かる。特に、鏑木さんが大変になる。私たちの企画が進まなくなる。  2食だけでも、しっかり食べさせておけば、何とか保つだろう。  それに、コイツはこの後、夏樹とバトることになるだろうから、しっかりしてもらわないと。
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