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とは言うものの、今まで実家のキッチンにろくに立ったこともなかった。でも、そんな事言ってる場合じゃない。国家資格は伊達じゃない。『管理栄養士』としての、メンツがある。栄養バランスの取れたメニューを考えなければ。4年間の、勉強と実習の積み重ねがある。さあ、実践あるのみ!
いろいろ試してみる事が、カフェのメニュー開発にも繋がる。海門は丁度良い実験台だ。試作品を食べさせて、反応を見る。
職場では、プレゼンの資料作りを、慣れている鏑木さんに任せて、夏樹と一緒に、提供するランチメニューの開発に勤しんだ。
「…以上が、カフェの運営についてのご提案です。ここで、実際のランチメニューを試食していただきたいと、思います」
プレゼンの日、特別に本社から、航介さんも来てくれた。海門と航介さんの前に、料理を並べる。
「こちらは、今回カフェの料理長を務めていただく予定の、不破夏樹さんです」
鏑木さんの紹介で、夏樹が一歩前に進み出る。
この日の出で立ちは、黒のシャツに黒のスラックス。黒の前掛けと、相変わらずの黒づくめだ。髪は、オールバックに撫で付けている。これが夏樹のいつもの調理スタイルだ。この姿で、キッチンフロアに立つ。
一礼して、海門を鋭く睨みつける。
「…何処かで、お会いしたこと、ありましたっけ?」
海門の問い掛けに、
「ええ。一度だけ。もう6、7年前ですが」
と答える。
頼むから、食べ終わるまで、思い出さないでくれ。
航介さんが、
「美味しいです。和がベースなんでしょうが、盛り付けがおしゃれですね。糖質を抑えているというのも、今のニーズに合っています。それに…」
と言い掛けた時、
「あー…!思い出した!」
と、海門が声を上げた。
「確か、俺を平手で殴ったよね。あの時…」
はい、アウト。
夏樹は、ギロっと海門を見下ろす。
「お前が、姫に酷いことをしたからだ。せっかく勇気を持って告白してるのに、『有り得ない』なんて、返事があるか!」
そう、たまたま告白の現場に居合わせた夏樹が、激昂して海門をぶん殴った。私は止めるのに必死で、失恋の痛みどころじゃなかった。
「ハーン。今回も姫の窮地に騎士のお出ましか」
二人の睨み合いが続く。
場の雰囲気を察して、航介さんがまとめに入る。
「いいんじゃないかな。このまま進めてもらって。専任のスタッフを付けて、企画を進めてもらいましょう。で、試食会っていつ頃を考えているの?」
鏑木さんも、さっさと話を進める。
「GWに実施しようと思います。人出も多いし、評判になりやすいので」
「じゃあ、そういうことで。いいな、海門?」
「…ああ」
睨みつつ、顰めっ面で返事をする。
まったく…二人とも、大人気ない。
食器を片付けながら、夏樹が呟く。
「相変わらずイヤな男だ。あの横柄な態度と目つきが、気に食わない…。料理に下剤仕込んでやればよかった」
やりかねない。
「…それは…、やめてね。お願いだから」
また、寝込まれたら、私に負担が掛かる。
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