第6話 そっとほくそ笑むのは…誰?

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 いよいよ本格的に、オープンに向けて始動した。鏑木さんは、新たに編成されたチームと共に、内装工事や宣伝、外部との交渉などを進めている。鮮やかな手際で、企画が具現化されていく様子は、見事としか言いようがない。  私と夏樹は、試食会の準備に没頭する。しかし、夏樹は厨房の工事の進捗を確認しなければならないため、私一人でやらなければならないことも出てくる。  試食会は、GWと決まっていたが、大人数に提供するので、広い調理場が必要になってくる。そうなると、グランピング施設の調理場を、一時的に借りるしかない。 「…という訳で、そちらの調理場を一時的にお借りしたいのですが」  キャンプ場とグランピング施設の、管理責任者に連絡する。  私は、この管理責任者の真山欧一郎が苦手だ。  坂下常務の奥様の親族で、数年前に転職してきた。以来、本社で勤務していたのだが、私の父の死後、どうしても、この仕事をしたいとの申し出で、管理責任者を兼務することになった。  どうしても、という割には、アウトドアにまったく興味がない。それでも、週に1、2回は顔を出す。もちろん仕事はスタッフに丸投げだ。 「そういうことは、電話一本で済ませないで、直接頼みに来るのが筋じゃない。いくら創業者の一族だって、ふん反り返ってもらっちゃ、困るな」  いつも通りの、居丈高な物言いだ。 「…分かりました。今から参ります」  仕方ない。  受付にいた、薫子に事情を言って、ジムを出る。  なぜ、あの人物が苦手かというと、セクハラとモラハラが酷いのだ。坂下常務の親戚だということもあり、誰も文句を言えないでいる。特に、私をターゲットにしている節があるのだ。  元々は、父が管理していた施設だ。  きちんと手入れされた施設と、美しい自然の景観。ここの宿泊者が、気持ちよく過ごせるようにと、行き届いた心遣い。父の手腕により、それが維持されていた。  けれども、ここ1、2年はあまり評判が芳しくない。  管理事務所に入ると、真山が奥から出てきた。私と同じくらいの身長だが、巨漢といって差し支えない肉付きだ。40歳を過ぎたはずだが、いつも20代の女の子と遊んでいることを吹聴している独身男だ。 「やあ、わざわざきてもらっちゃて、ご苦労様。しばらく会わなかったけど、元気だった?」  早速、手を伸ばして、肩に触れようとする。  それをかわして、要件を述べる。 「…ふーん。それで、協力しろってわけか。…どうするかな?GWといえば、こっちだって、予約は一杯だよ。調理場を貸しちゃうと、こっちの業務に差し支えるじゃない」 「ですから、ランチのみと考えています。お昼を挟んで、4時間程度を見越しています。夜の食材提供には、影響は出ないようにしますから」 「影響があるかどうかは、こっちが考えることだよね。困るんだよね。そういう物言いされると。勝手に決めつけられると、こっちの通常業務に支障が出る」 「ですから…」 「あーあ、これだから、世間知らずのお嬢様は困るよね。物の道理を曲げて頼むんだったら、頼み方ってものがあるじゃない」  私の手首を、人差し指で撫で上げる。  鳥肌がたった。…気持ち悪い。引っ込めようとした腕を掴まれる。 「ちゃんと、もっと近くに来て、お願いしないとね」  ふざけんな!その気持ち悪い手を離せ!!と啖呵を切ろうとした途端、掴まれた腕が自由になった。    いつの間にか、傍らに鏑木さんが立っていた。彼が、真山の手を払い除けたのだ。 「これは、セクハラに該当しますよ。やめていただきたい」  私の前に体を入れて、盾になる。 「それから、ここの調理場の使用は、決定事項です。社長とGMから指示があったはずだ。あなたの許可は必要ない。ただの事務連絡で済むものを、わざわざ来させるなんて、他の意図があるからじゃないですか」 「なんだと?!」 「とにかく、このような行為は慎んでもらいたい。我が社の品位に関わります。…一ノ瀬さん、行きましょう」  駐車場に、白のBMWが停まっていた。それに乗り込む。 「すみません。僕が気づかなければならなかったのに、嫌な思いをさせました」  ハンドルを握りながら、鏑木さんが言う。 「いいえ、私の油断もあったので…」 「それは、違う!」  思いもかけず、大きな声だった。 「あれは、一方的にあちらに非があります。屈する事はありません。上に報告しておきますから」 「ありがとうございます。でも、よく分かりましたね。私があそこにいること」  車をジムの駐車場に入れて、鏑木さんが言った。 「執務室から、海門が見てたんですよ。あなたが、管理事務所の方へ歩いていくのを。僕はカフェの方にいたんですが、すぐに行くようにと、指示がありました」  そうだった。海門がジムの支配人をしてた時は、真山が私に近づかないように、気を遣っていたんだっけ。    海門、自分で来ないで、なぜ鏑木さんを呼んだの?
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